ミドル世代には、海外から日本へのUターン例もあります。国内の商社に勤務、転勤によりカナダの支社に赴任していた四五歳の男性のケースです。彼は、赴任後、海外支社で事業責任者として活躍していました。独身だった彼は、現地で、日本人の女性と知り合い結婚しました。仕事も私生活も順風満帆、海外生活を満喫していた折も折、本社から日本へ呼び戻されることになりました。

独身時代は、たまに日本に帰りたいという里心がつのったという彼でしたが、その時点では、帰国するより海外で頑張ってみたいという気持ちのほうが強かったそうです。そのうえ、奥さまはカナダに残ることを希望されていたといいます。いろいろと悩んでいた折に、取引先の外資系企業からタイミングよく転職を持ちかけられたのでした。

事業責任者クラスの採用で、年収は少し下がるものの条件は決して悪くない。彼は願ったり叶ったりと、転職を決意しました。ところが、心機一転とばかり、期待に胸をふくらませ入社したものの、なんとその会社は赤字経営で、公表していない負債も抱えていたのです。会社自体が、今にも傾きかけている、危機的な状況でした。

声をかけられるまま、よくよく会社を調べもせずに誘いにのった自分は、なんと慎重さが欠けていたことだろうと、悔やんでも事態は解決しません。思い切って退社し、あらためて職探しをしようかとも考えました。それでも、自分が目の前の試練から、しっぽを巻いて逃げようとしているような気がして、

「この際、乗りかかった船だ!」

と覚悟を決め、再建に乗り出すことを決意したといいます。思えば、自分のこれまでのキャリアは、たいした波風が立たないまま事が運び、ずいぶんと恵まれていたのかもしれない……そんなふうに気をひきじめ、全力投球で、再建に取りかかることにしたのです。負債の整理をはじめ、コスト削減、事業戦略の見直しや縮小。連日、会社に泊まり込むことも多々あったそうです。そのかいあって、徐々に会社は危機的状況を脱出。ようやく再建のメドが見えてきたとき、

「自分にこんな建て直しのパワーや能力があったとは……」そう、これまで感じたことがなかったような達成感を抱いたということです。

一方、会社が軌道に乗りはじめると、外資系企業の合理的でドライな一面が、自分の気質には合っていないような違和感を持ちはじめました。

「燃えつき症候群にかかつていたのかもしれません」

少し、気持ちにゆとりを持って、帰国して第二の人生をはじめる時期なのかも……。子供も生まれ、夫婦ともども自分の生まれ育った国で育てたいという思いもつのりはじめていたので、再び、日本の企業への転職を決意したのでした。こうして仕事を続けながら、帰国するたびに面接を繰り返し、その結果、ある食品輸入商社の社長に、再建の手腕を認められ、幹部クラスで採用されることとなりました。その社長は、商社時代のキャリアよりも、彼の再建奮闘記を高く評価してくれたそうです。以前在職していた商社から比べて、小規模な組織ではありましたが、役職もあがり、年収も一・五倍にアップ。それよりなにより、10年ぶりに日本に仕事のベースを移せたことが、いちばん嬉しかったといっていました。

人それぞれ、さまざまなUターンによるセカンドステージがあるものです。

高野 秀敏

キープレイヤーズ 代表取締役

99年に株式会社インテリジェンスへ入社。2005年に株式会社キープレイヤーズを設立。3000名以上の経営者の相談と、10000名以上の個人のキャリアカウンセリングを行う。また、55社以上の社外役員・アドバイザー・エンジェル投資を国内・シリコンバレー・バングラデシュで実行。キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数100回以上。

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