インタビュー

東小薗光輝(H.I.F.代表)さんのキャリアと金融業にかける想い

こんにちは、ベンチャー・スタートアップへの転職のサポートをしているキープレイヤーズの高野です。

KeyPlayersのおすすめスタートアップ特集、今回はH.I.F.株式会社の東小薗社長にお話を伺いました。

H.I.F.は金融×ITのFinTech領域で事業を展開する企業です。ご自身の原体験をもとに、ファイナンスの支援や財務コンサルティングを提供しています。

今回は、企業に至るまでの東小薗さんの経歴やキャリア、H.I.F.の事業や今後の展望をお伺いしました!

YouTubeで取材動画も公開しておりますので、動画で観たい方はこちらもぜひチェックしてみてください!

 

H.I.F.代表 東小薗光輝さんの経歴

高校卒業後、自衛隊に入隊。消費者金融、先物取引の仕事に携わった後に、株式会社H.I.S.に入社。H.I.S.在籍中に澤田経営道場に入塾。自身の育った家庭環境から、未来ある子どもが金銭的な理由で選択肢を狭められることのない社会を作るべく、H.I.F.株式会社を設立、代表取締役に就任し現在に至る。

H.I.F.株式会社

決済代行・売掛金保証業を営む企業。BaaS(Banking as a Service)領域で事業を展開している。BaaSプラットフォームを通じて、資金が必要な法人・個人に、正しく資金が提供される社会の実現を目指す。

東小薗さんのキャリア

高校卒業後、陸上自衛隊に入隊

高野:まず、一番最初は東小薗さんのキャリアについて、教えて下さい!

東小薗:高校卒業してから陸上自衛隊に入りました。陸上自衛隊の話はいいですよね?

高野:いやいや、いきなり気になります(笑)。

陸上自衛隊ってイメージですけどきついんですよね?

東小薗:体力的にはめちゃくちゃきついですね。そこで体力がついたという感じですかね。

陸上自衛隊で約3年ほどやっていた頃に、このままずっと陸上自衛隊の勤務で世の中を知らないままでいるのは嫌だと考えるようになりました。

具体的には、会社を作って経営者になってみたいなと、当時から思っていましたね。それが21歳の頃です。

 

経営をする上で重要な金融を学ぶために消費者金融の会社へ

東小薗:会社を作って経営者になるには一番何が必要なんだろうと思った時に、お金のことが一番重要そうだから、金融業を学んでみようと考えました。そして、金融業で就職先を探して、消費者金融の会社に入りました。

高野:これも勝手なイメージで、消費者金融の会社は結構厳しくマネージメントされるイメージですが、どんな会社だったのでしょうか?

東小薗:会社としては、私自身全く分からないまま入社しましたね。金融とは何かっていうのも知らなくて、行って驚きましたね。

みんな色付きのグラサンをしていました。すごくヤバそうなところに来てしまったなと思ったんですけど、実際はしっかりした会社でした。

社会人として、一番最初に入社したのがその消費者金融会社だったのですが、全部名刺の渡し方やビジネスマナーも全般的に教えてくれましたし、ブラックでもなかったですね。

高野:そうだったんですね。

ちなみに余談なのですが、私が独立してから、「独立できる資金どうしたんですか?」「当時インテリジェンスは小さい会社だからそんなにたくさんもらってないでしょ?」などと言われることがありました。実はそのとき消費者金融にお世話になっていました。

私が新卒で入ったインテリジェンスは当時非上場だったので、会社の持株会があって、実は消費者金融でお借りして株を買ったという経緯があるので、私はそのお金で起業するお金が結果増えて、独立できたんですよね。

東小薗:そんな風に消費者金融を使う方は、当時珍しいんじゃないでしょうか(笑)。

高野:今思い出したのですが、実はあまり喋ったことなかったですね。

その時は、お金なんて借りたことなかったので、すごくドキドキしたのを覚えています。

東小薗:わかります。

高野:今はカジュアルな格好でビジネスの話をすることも多いですが、1999年当時は、そもそもスーツにネクタイしていないビジネスパーソンなんて、誰もいなかったんですよね。

だから、服装も見られるだろうなと思って、ちゃんと結び目とか直して行きましたね。どういう審査が行われていたかは全然分からないですが、無事お借りできて、ちゃんと毎月少しずつお返しして、ボーナスの時は多めに返してとやっていました。

そんなに長くは借りていなかったので、自分の中での計画通りに計算をして、全然返せるなとは思っていました。自分にとっては良い経験でしたね。

脱線してしまいましたが、金融業界って基本的にマネージメントがちゃんとしていて、数字をきっちりと追っているという方が多いので、東小薗さんもそういう環境で鍛えられたのかなと思いました。

東小薗:そうですね。正直にいうと、一番鍛えられたのはミスをなくすということですね。

いわゆる、お客さんからもらう資料とか、申込書の文字の間違いとか、そういうものを徹底的にチェックして漏れをなくすというのが今も最大に生きている資産です。

必要書類に一文字でも不備があると、お客さんを担当に呼び戻して修正しに来てくださいって言わないといけなかったんですよ。これがかなり大変で、10枚ミスが見つかったら10人のお客さんに電話して、「すみません、申込書の不備があるので、書きに来てください」と言わないといけなくて。

それをすると、お客さんめちゃめちゃ怒りますから。

高野:「なんだよ、こっちだって忙しいんだよ」みたいな感じですかね?

東小薗:そうです。そうならないように、いかにミスがないように見るか、という視点は鍛えられましたね。

今も活きていて、その後の社会人生活で基本的にミスが少ないですね。重要なところと軽微なところが感覚的にわかって、重要なところに関してはどういう風に見たら絶対にミスをなくせるかというのが感覚的に備わっている感じがします。

高野:金融っていうのは、ミスは許されないですよね。

100円足りないけどまぁいいや。彼は頑張っているから1万円返さなくていいよ。なんてやっていたら始まらないですもんね、業界的に。

 

売るのが最も難しい先物取引の領域へ転職

高野:消費者金融勤務から起業するまでのキャリアや経緯はどのような感じだったのでしょうか?

東小薗:当時、貸金業の利息制限法と出資法の境目で、出資法は29.2%まで取っていいと、利息制限法はマックス20%とかですかね。その間がグレーゾーンだと言われていたのですが、私がいたときにちょうど法律が見直されて、29.2%取れなくなったんですよね。

かなり大きな話題になって、そこから過払い金請求等が続出しました。

高野:事件ぐらいの勢いでしたよね。

東小薗:はい。そこで消費者金融は、なかなか未来が見えないなと思って転職しようと考えました。転職した先が海外先物の商品取引ですね。

高野:なるほど。それも結構大変そうなお仕事ですよね。

東小薗:そうですね。

その時に、金融の中で売るのが一番難しい業種ってなんだろうと色々聞いていったら、先物が相当難しいらしいぞ、だいぶブラックらしいぞということだったので、チャレンジしてやろうと思って、先物の領域に飛び込みました。

そこで、金とか原油とかそういう物の先物取引の商品を売ってました。1日1000件以上、タウンページを見て個人の家に電話して、朝7時半から夜の10時半くらいまでずっとテレアポをし続けていました。

大体1000件電話すると、平均3人くらいは切らずに聞いてくれるような比率でしたね。

高野:0.3%ということですよね?自分も新卒でテレアポとかやっていましたが、商材に寄るとはいえ、やっぱりなかなかアポを取るのは難しいですよね。

東小薗:取れないですよね。当時は個人の家に電話を掛けていたので、電話して「おはようございます、株式会社」って言った途端、切られるような感じでした。

だからひたすら、マシンのようにやってたら、平均3人くらいは「へぇー」「先物知ってる、今金上がってるね」というような会話ができる方がいらっしゃるんですね。

それを土日も休みなく30日間くらいずっと続けると、見込みのお客さんが1日3人×30日で90人くらいできました。90人のうち、大体1人か2人が「じゃあ、500万円金に投資するわ」と契約してくれるようなイメージでしたね。

高野:そういう世界ですよね。

最近はビットコインや暗号資産が熱いので、いろんな方と話していたら、50代の経営者の方が「20代のサラリーマンだった頃にバブルで、金を500万円分買った」と。「騙されたかなと思って、ずっと持っていたら今5000万なんだよね」とおっしゃっていて。

そういう時代があったんだなと思いました。でも、現物取引と先物取引だと少し勝手が違うんですかね。

東小薗:そうですね。3年後に金をこの価格で買えるという、いわばオプション取引なので。今は高いけれども、将来3年後は安いみたいな時に3年後の金の先物を買っておくと得をするんですね。

なので、先物取引をするのは権利を売ったり買ったりするトレーダーの方であったり、もしくは実際に田中貴金属さんみたいな金の現物を小売りしたりするところですね。いわゆる仕入れになりますからね。

お米とか豚肉とかオレンジとか、そういうのも全部先物ですよね。スーパーは大体商社さんから商品を買ったりするんですけど、商社は先に安かったら3年後の金額の先物を買っておくことができます。

高野:なるほど、そういうやり方があるんですね。

東小薗:そうなんですよ。すると仕入れがすごく安く抑えられるというイメージです。

高野:この先物取引は、形のないものを売っていたということになるので、かなり営業力つきそうですよね。

東小薗:そうなんですよ。一番きついと言われるのはそこでした。

野村証券のような口座もなかったので、お客さんは営業マンが来て、お金を預けて申込書書いて終わり、という形だったので、不安だったと思うんですよね。

500万預かったので、500万円分の金の権利がありますという約束しか残らないので、それでお金を出してもらうのは非常に厳しい戦いでしたね。営業力はここで鍛えられました。

 

実業を展開している企業に金融機構を作ることを起案

東小薗:それをずっとやっていたのですが、社会や人のために役に立っている感じがなかなか得られず。売買する間のサヤで儲かりたい方向けのツールであって、これをずっと続けるのは違うなと思うようになりました。

せっかく学んで身に着けた営業力を世の中のために使いたいな、そうすることの方が大きいことが出来るんじゃないかと考え出しました。

その時に、金融業のことを色々調べたら、銀行がやっぱり大元だということが分かりました。

今の財閥系、旧財閥系を調べていったら、基本的には実業をしている会社さんが大きくなっていって、グループ会社が増えていったときに、グループの中心に金融機構を持つために銀行を作ったということがわかったんですね。

安田財閥だけは両替商だったと思いますが、それ以外は全部実業がありました。そういうことであれば、私も銀行を作ってみたい。そこで、今実業で多角化をしている大手の会社、上場会社に金融機構がないところがないか、探したんです。

そこに、「業態が拡大して絶好調ですよね、過去を見ても財閥で実業をしていた人達がグループ拡大していって、金融の中枢を作るときに銀行作ってますよ。貴社でも作りましょう。私が作りますよ。」という提案をしたら、おそらく作らせてくれるんじゃないかと思って企業を探していました。それに合致したのがHISでした。

高野:そうだったんですね。

東小薗:スカイマークを作ったり、ハウステンボスを買収したりと業態を拡大していました。会社としては東証一部上場していて、金融業を持っていないと。

ちょうどその時リクナビネクストでHISが法人営業を募集しているのを見つけました。

それで、先物の会社を辞めますと言って、HISの契約社員の面接に行きました。

「私は先物で相当すごい営業力を持っていますよ。金とか原油を売るのに比べたら、HISのブランドとHISの確かな商材があれば、私は必ずいい結果を出せます。なので、給料は最初は0でいいです。」と伝えました。

高野:これは出来る人のトークですね。営業の時も、最初はいらないですけど成果報酬でくださいみたいな話ですよね。

会社やっていると今みたいな発想になるんですけど、会社員の人が今みたいな発想をするのは難しいので。だいぶ斬新な提案をされましたね。

東小薗:そうなんですよ。最初は0でいいから、3か月くらい見てもらってから給料を決めてくれと話しました。

HISさんは今、グループを多角化されていっているので、今後ほかの財閥と同じく金融業も必要になります。その時金融業のために私が銀行を作るので、お得ですよ」と最初の面接をしたんですよね。

それで受かって、法人営業として入社して1年間で正社員になりました。2年間正社員をやったところで、管理職に上がりました。

 

起業塾で銀行代理業としてネオバンクを作ることを提案、起業へ

東小薗:その頃、ちょうど澤田経営道場というのができました。

高野:有名な起業塾ですね。

東小薗:はい、そこに応募しました。ようやく銀行を作るということを澤田さんに提案できる機会が3年終わって訪れた、という気持ちでした。

それから、澤田経営道場に応募しました。応募の理由はもちろん、「過去財閥はこういう経緯を辿っている。HISも辿るべきだ。金融機構をつくるには銀行を作るべきだ。銀行は私が作るので、澤田経営道場で学んでいる間に銀行の準備をします」ということで合格しました。

採用されてから2年間あるのですが、2年間の間に銀行を作ることをひたすら調べました。でも、当時マイナス金利の黒田バズーカを打たれているときだったので、銀行が稼げなくなっている時だったんですよね。

この状況で、新しい銀行が参入するのはなかなか危険性があるなと考えました。調べていても、銀行を作るのに200億~300億というお金がかかりますし、銀行が使っているオンプレミス系のシステム、銀行システムは年間20~30億かかります。

もっと調べていたら、銀行代理業という、海外でネオバンクやチャレンジャーバンクという業態が流行っていると分かったんです。いわゆる銀行からAPIを借りてフィンテック業者として銀行業務をするようなイメージです。

高野:海外で先に流行っているものを見つけたんですね。

東小薗:はい、日本も必ず来るなと思って、澤田道場に通っているときに、銀行を設立せず銀行代理業の許認可を取って、ネオバンクという新しい業態でHISの中枢で金融業をやろうと考えました。

でも、ネオバンクで収益化できるかわからなかったので、まずは確実にキャッシュを稼げるような黒字化できるような事業を考えました。

いわゆる売掛金の保証業務であったり、あとはBtoBの請求書の発送代行やファクタリングであったりで、まず収益を上げて、その収益からネオバンクに投資していこうというプランです。

そして、澤田経営道場にいるときに起業しました。それが消費者金融から会社を作るまでの経緯ですかね。

 

H.I.F.のサービス

高野:会社を作られてからも簡単なことじゃなかったと思いますし、今HP見ますと色々なサービスがどんどん立ち上がっているとお見受けしていますが、今はどういう事業をやってらっしゃるのでしょうか?

東小薗:今は大きく分けて3つあります。

1つ目が企業様の資金調達などの財務コンサルティングです。2つ目が売掛金の保証業務。3つ目が中小企業庁が指定した経営革新認定機関として、各種の補助金や助成金の申請アドバイザーですね。

初めに言ったファクタリングは使いどころによってはすごい便利なファイナンス手法なのですが、ずっと使い続けられる必要はないものなんですね。なので、ファクタリングを私たち自身がやるのは違うなと感じました。

そこから、お客様に「ここはファクタリング、ここは銀行ローン、エクイティ」という提案をする組織に変わっていった結果、財務コンサルティングのような業態になっているイメージです。

高野:ピボットに近いかたちで業態を変えながら今の状態があるんですね。

 

H.I.F.裏話〜資本政策で失敗。株主の理解を得て挽回〜

高野:会社やっていると良かった点や大変だった点、うまくいかなかった点が色々あると思うのですが、ちょっとした成功談・失敗談がもしあればお聞かせいただきたいです。

東小薗:失敗談としては資本政策が挙げられますね。実はあんまり分かっておらず、それで大失敗しました。

最初は100%出資で会社を作っていたのですが、第一回の第三者割当増資の時に、売り上げも立ってきた中で、株式を80%くらい渡してしまったんです。

高野:以後のファイナンスが難しくなってしまいますね。

よくある株問題というか、資本政策問題って起業家の方だと多かれ少なかれ経験していることかもしれません。

東小薗:そうですよね。私は会社作って半年後くらいには、もう20%くらいしか持ってなかったんです。

その時はその時であっていると思っていたんですよね。それで増資した金額も2000万円とかの規模だったんですよ。

高野:それが20億円とかだったらまた話は違いますが、規模と持ち株比率が合っていない感じがしますね。

東小薗:本当にそうなんですよ。

それで、第二回の第三者割当増資の時に、5億円増資したのですが、その時でもう私の持ち株比率が3%とかになったんですよね。

そして、その次のラウンドがようやくシリーズAになるんですけど、シリーズAで調達をするときに、いろんなベンチャーキャピタルを回って、この比率ダメじゃんという話になりました。

高野:そのあと、話がついたのでしょうか?そのままだとファイナンスできないでしょうから。

東小薗:そうなんです。

状況と併せて、55%くらいを買い戻させてほしい旨を既存の株主さんに伝えてOKをもらいました。これが一番の大失敗ですね。結果、理解のある株主さんばかりで助かりました。でも、本当に危なかったですね。

高野:ご理解いただけないことが多いと言われていますからね。それは澤田さんが懐が深いというかそういうことだったんですかね。

実際、H.I.F.が大成功すれば、あの決断はよかったということになるので、期待感もあったのでしょうね。

一旦は自分の持ち分が小さくなっても、より多くのVCやいろんな人に応援してもらって、パブリックな企業になっていけば、最終的にはそっちの方がいいと考えてくださったのかもしれませんね。

これは、起業を考えている方にはぜひ参考にしてほしい事例です。

 

H.I.F.東小薗さんの今後の展望

親の経済力で子どもの将来性に依存されない公平な社会に

高野:最後に、今後の会社の方向性やビジョンを教えていただけますでしょうか。

東小薗:私は片親でお金に裕福な方ではなく、お金の問題で大学に行けなかったので、お金の問題で子どもの将来取れる選択肢が狭まる社会を変えていきたいと考えています。

親の経済力に子どもの将来性が依存する、影響されるのは不公平だと思うので、不公平にならないように、子どものために役に立つ会社を作りたいというのが根底にあります、

今も毎月お客様からもらう手数料の一部を、片親世帯にベーシックインカムとして寄付させていただいています。そのベーシックインカムのお金で、子どもたちが将来取れる選択肢が増えると嬉しいなと思ってやっています。

これをどんどん拡大していくためには、お金が必要です。そのお金をどうするんだと考えた時に、社会にとってできるだけいいサービスを提供して、お客様から手数料をいただく必要がある、という考え方がベースにあります。

 

与信力をみてきた知見を活かし、より正確で与信審査を

東小薗:そのいいサービスが、今までは財務コンサルティングやファクタリング、売掛金の保証などをやってきました。今度は家賃保証なども手掛けていくのですが、こういったところをやっていくと、売掛先の与信力をみる審査をすることが多いんです。

この3年間審査し続けて、事故になっちゃうお客様や売掛先、支払いがルーズなお客様企業などの分析ができてきました。

支払いが遅れるお客様や事故になるお客様にはある特徴があるんですね。この特徴を、今まで手動で分析していたところを、AI分析でより多く、より早く、より確度高く行うことで、与信審査サービスをサービス提供できるのではないかと思っています。

高野:与信審査は様々な領域で必要とされる、大事なポイントですよね。貸してあげるのはいいけど、返してもらえなかったら困りますからね。

東小薗:金融業はお客様から回収するところまでがサービスですから。

ただ世の中、財務諸表と言われる決算書や過去の実績、トラックレコードで、与信や格付けをする文化があると思いますが、これだけだと粉飾をする人や設立して浅い企業に、なかなか与信審査ができにくいという問題があります。

私たちは財務諸表とかは見ずに、今まで金融業をやってきて支払いが遅れるお客様の特徴をとらえた定性的な審査を行えるようにしています。

高野:ありがとうございます。

 

お客様への価値提供を柔軟に考えられる人を積極採用

高野:今後、さらに会社を成長させていくために、採用したい人材というのは、どういった方になるんでしょうか?

東小薗:ファイナンスの仕事をしている会社ですが、金融業出身なのは実は私しかいないんですね。あとは全員異業種の出身です。

ただみんな共通していることがあって、うちのサービスだけを売りたい、会社の利益で出ればいい、という人はあまりいないです。

私たちはご紹介でしかお仕事を受けてないので、ご紹介を受けたお客様にとって、どれだけいいバリューを提供できるかというところに重きを置いています。そこに金融業出身かどうか、というのはあまり関係ないんですよね。

やっぱり、いかにお客さんの役に立つかというベクトルで考えられる人が合いますね。お客様のために柔軟にバリューを提供できるかを考えられる人間。

高野:大事ですね。

東小薗:弊社は成果主義を取り入れていませんし、どちらかというと会社のメンバー・チームで協力して、お客さんにより良い提案ができる人が仕事をしやすい環境かと思いますね。

職種で言うと全職種採用したいと思っています。営業も必要だし、エンジニアも必要だし、経理も必要だし。カスタマーサービスも全部足りていないです。

高野:成長企業では、どうしても人が足りなくなる局面がありますよね。

話を聞いて共感した方は、ぜひH.I.F.の選考に進んでいただきたいですね。

本日はありがとうございました!

 

取材あとがき

改めまして東小薗さん、ありがとうございました!

東小薗さんはかなり珍しいキャリアを歩んでこられていますが、胆力を感じる素晴らしい起業家です。彼だからこそ作れる、独特なスタートアップの雰囲気があると思います。

最後の組織風土や採用したい人材も非常に参考になりました。

H.I.F.さんは今後さらなる成長が期待されるスタートアップ企業ですので、ご興味のある方はぜひお気軽にお問い合わせください!

キープレイヤーズでは、ベンチャー・スタートアップへの転職のサポートを実施しています。

高野 秀敏

1999年に東北大学を卒業し、株式会社インテリジェンスへ入社。2005年に株式会社キープレイヤーズを設立。3500名以上の経営者の相談と、10000名以上の個人のキャリアカウンセリングを行う。また、55社以上の社外役員・アドバイザー・エンジェル投資を国内・シリコンバレー・バングラデシュで実行。キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数100回以上。転職・採用、投資のご相談は Messenger、もしくはLINEからご連絡くださいませ。
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