代表取締役社長 南壮一郎

1999年、米・タフツ大学を卒業後、モルガン・スタンレー証券・東京支店の投資銀行部に入社し、その後、2004年には楽天イーグルスの創業メンバーとなる。2009年に株式会社ビズリーチを創業。「HRテック(HR×Technology)」の領域で、未来の働き方や経営のあり方を支える事業を次々と展開し、日本経済の生産性向上に取り組む。2017年、日本ベンチャー大賞「審査委員会特別賞」受賞。世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズ2014」、日経ビジネスが選ぶ「2015年・次世代を創る100人」にも選出。

株式会社ビズリーチ

即戦力人材と企業をつなぐ転職サイト「ビズリーチ」、挑戦する20代の転職サイト「キャリトレ」 に加えて、求人検索エンジン「スタンバイ」、大学生向けのOB/OGネットワーク「ビズリーチ・キャンパス」や、採用、管理、評価、育成のデータをクラウド上で管理するHRMOS(ハーモス)事業の拡大を中心に、日本経済に前向きなインパクトあるインターネット事業を展開。

年表から見る!ビズリーチ 南 壮一郎さんのご経歴と人生の転機

 

高野:今回は株式会社ビズリーチ代表取締役社長 南壮一郎さんにお話をお伺いします。


創業前からお話しさせていただいておりますが、今回、南さんのご経歴を改めてお話し頂き、ビズリーチが描く未来や今後の展望を語っていただく豪華な内容となっております。私もこの日を今か今かと待ち望んでいました。

南:よろしくお願い致します。

高野:冒頭は、南さんの年表を参照しながら人生の転機とその時の気持ちや学びを教えて頂きたいと思います。

①誕生から学生時代・②モルガン・スタンレーと楽天時代・③ビズリーチの創業、そして今と3つの転機に分けて見ていきたいと思います。


まずは、南さんの年表をご覧ください。 

▽南壮一郎の年表①:誕生から学生時代

0歳(誕生)

1976年6月15日。

6歳~13歳

1983年、父親の海外転勤に伴い、カナダ・トロントへ引っ越す。兄弟しか日本人がいない現地の小・中学校に通いながら、サッカー、野球、アイスホッケー等、季節ごとのスポーツに明け暮れる。

13歳~18歳

1989年、父親の本社転勤に伴い帰国。浜松市の公立中学を卒業後、静岡県立浜松北高校に入学。高校時代は、サッカー部のキャプテンも務め、サッカー漬の毎日を過ごす。

18歳~22歳

1995年、アメリカのタフツ大学に入学。学生評議委員や体育会サッカー部に所属。1年次の夏休みは「ウォールストリート」、2年次は「シリコンバレー」の現地企業にて、数カ月間の長期インターンを経験。大学3年次には、上智大学へ1年間留学し、長野オリンピックでは、日本の放送コンソーシアムに所属して、通訳や外国人選手のインタビューアーを務める。1999年、数量経済学部と国際関係学部の両学部を成績優秀賞(Magma Cum Laude)にて卒業。

 

高野:南さんは、日本のスタートアップ創業者としては珍しい、帰国子女なんですよね!さらに日本の県立高校からアメリカの一流大学をご卒業。我が国にもっとグローバル人材が必要だと叫ばれる中で、うらやましいご経歴です。


海外・日本で学生時代を送ることで得た教訓、そして今にいきていることを教えて頂きたいです。

南: 僕自身、カナダの現地の小学校では、クラスにアジア人が一人もおらず、肌の色が一人だけ違う環境で育ちました。その後、7年ぶりに日本へ帰国して、地元の公立中学に転入しましたが、その時代、帰国子女は地方では珍しい存在でした。そして周囲の反対を押し切り、アメリカの大学へ進学しましたが、中学校レベルで止まっていた英語力では授業についていけず、生活習慣や文化の違いにも大きく戸惑う毎日でした。

自身の学生時代を振り返ると、一見、華やかに見えるかもしれませんが、人種や文化、価値観など、常に周りとの差や違いを意識しながら、マイノリティとして生きてきました。環境が変わる度に、周囲から学び続け、そして変わり続けたサバイバルな日々でした。ただ、学生時代における環境の変化への順応の連続のおかげで、自分が誇れる強さの一つは、世界中のどこへ行っても「生き残れる」という自信、そしてバイタリティ(生命力)だと思っています。

 

高野:お付き合いして10年間経ちますが、南さんが学生時代、ずっとマイノリティだったことに気付きませんでした。私の周りにいる友人たちとは、雰囲気や行動力、もっというと溢れ出る闘争心みたいなものが、何か「違う」と感じていた理由がようやくわかり、すっきりしました。

そして大学時代には、グローバルな環境で「金融」「スポーツ」「IT」の世界で長期インターンやアルバイトをされていたんですね。このあたりのステップにも、南さんの地道な行動の重ね方、そして人としての基礎力の強さを感じさせられます。

▽南壮一郎の年表②:モルガン・スタンレーと楽天時代

22歳

1999年、大学卒業後、モルガン・スタンレー証券・東京支社に入社し、投資銀行本部のM&Aアドバイザリーチームに配属。

25歳

2002年、サッカーの日韓ワールドカップ。日本がロシアを下し、ワールドカップで初めて勝利を収める歴史的な試合を生観戦する。スポーツビジネスに挑戦したい気持ちが強く蘇る。

26歳

2003年、スポーツ業界の仕事を試みて個人会社を設立するも、戦略もなく、想いばかりが先行する。フットサル場での管理人や、総合格闘技やテニスの外国人選手の通訳などを務めるも、夢を見るばかりで、想い描いていたような仕事には一切就けず、時間だけが流れていく。

28歳

2004年9月、プロ野球界に新規表明をした直後の楽天・三木谷社長へ入社を直談判する。結果的には、50年ぶりの新規プロ野球チームの立ち上げに従事するチャンスを与えてもらう。スタジアムをエンタメ施設化する「ボールパーク」構想を推進し、地域密着型の球団経営の基礎を創る。初年度には、不可能と言われ続けてきた「黒字化」を達成。

 

高野:ずっとお聞きしたかったことがあります。南さんは、大学卒業後、海外や他業界で働くなど、たくさんの選択肢があった中で、なぜ、ファーストキャリアとして、モルガン・スタンレーの投資銀行部門を選ばれたのでしょうか?

南:大学時代に、スポーツビジネスの世界に憧れたのですが、その世界の先輩達から、「まずは社会人やビジネスパーソンとしての基礎を、教育や成長の基盤がある会社で学んできなさい」とアドバイスされ、素直にその言葉を受け入れました。当時、成長著しかったグローバル金融の世界で4年間きっちりと勉強させてもらいましたが、このアドバイスや経験がなかったら、今の自分はなかったと思います。


高野:
また、サッカーの日韓ワールドカップを観戦したことがきっかけとなって、スポーツビジネスに再度興味を持ち、行動を起こされていますよね。


南:
最近、さまざまな若手社会人から相談を受けるので、このあたりは誤解を与えないように細かくお伝えさせてください。ワールドカップが終わってから約1年間、僕は最近でいう「副業・兼業」のような形で、金融の仕事を続けながら、本業以外の時間をスポーツの仕事探しに充てていました。新しいキャリアの切り口を探すための行動でしたが、休日や有休、また貯金は全てこの仕事探しのために費やしていました。

そのなかで、メジャーリーグの全球団に手紙を書いたことは、今ではよい思い出ですね。どんな役割でも構わないので、雇ってくれないかと、自分のスポーツに対する想いを手紙に綴りました。「ポジションはないが、ニューヨークにくる機会があったら連絡してください」というような返信があった球団には、すぐ現地に出向いて会いに行ったりしました。


途中、球団で仕事を見つけるのは難しそうだったので、スポーツ・エージェントへの弟子入りに方向転換して、何度か渡米しながら、事務所の前や春季キャンプのホテルで待ち伏せして自分を売り込んだりしていました。それでも、自分が想い描いていたスポーツの仕事に辿り着けませんでした。完全に、自分の力を見誤っていましたし、戦略不足でした。ただ頭にあることを行動するだけでは、何も起こらないと痛感した数年間でした。

高野:ただ、その後の活躍を知っているからかもしれませんが、南さんの行動力、そして本当に有言実行のところは尊敬しております。ちなみに、その後、楽天・三木谷浩史さんに直訴して、楽天イーグルスの立ち上げに参画しているのですよね。

南:戦略も戦術もなく、社会人としての基礎も整っていない中、ただ想いを行動に移しても何も実現できないことを痛感しました。金融のお仕事を辞めてから1年半、暗中模索の状態が続いていました。

当時たまたま、新聞で楽天がプロ野球界に新規参入を目指すというニュースを目にして、様々な方の人脈を通じて、当時39歳だった三木谷さんにコンタクトを取らせてもらいました。あのタイミングで、三木谷さんに拾ってもらえなかったら、今の自分は何をしていたか想像が尽きませんし、感謝の気持ちでいっぱいです。

高野:様々なご経験をされていると思いますが、楽天イーグルスの立ち上げで学んだことは何でしょうか?

南:僕個人としては、当時、三木谷さんからは、「社会人を全くの白紙の状態から、再度やり直す覚悟はあるのか」を強く問われました。「外資系投資銀行で学んだことは無駄ではないが、事業会社で経営者を目指すなら、今まで学んだことを全て捨てて、新卒社員のつもりでゼロから学び直す姿勢で挑みなさい」と。

経営者としては、「事業創りをするならば、社会や仲間と真摯に向き合い、大きな志を持って挑みなさい」と事あるごとに言われました。大志や大義名分のもとに熱い仲間が集まり、我々の手で歴史を創っていくんだ、と青臭く言い切る三木谷さんや経営陣の皆様の姿をみながら、毎日勉強させてもらいました。

また楽天イーグルスでは、インテリジェンス(現・パーソル)創業者の島田さんが球団社長、そして当時、楽天の最年少役員だった小澤さん(現・ヤフー常務取締役)が取締役・事業本部長を務めていましたので、彼らの経営者としての行動や言動を近くで見ながら、仕事や経営を学ばせてもらえたことも、今の自分に大きな影響を与えています。


日本中から注目されたプロ野球団の新規設立。三木谷さん、島田さん、小澤さんという素晴らしい経営者の強烈な個性と仕事のスピードにくらいつきながら、成果を追う毎日。全国から集まった熱い仲間たちが語り合う未来の姿。知り合いも一人もいない仙台という地方都市での生活。


漫画ドラゴンボールに「精神と時の部屋」という、時間の流れが外界とは違い、外界での1日が、この部屋の中では365日に相当する異空間があるのですが、僕にとっては、楽天イーグルスでの時間は、まさに短期間でパワーアップできた修行に最適な環境でした。また、一生支え合える、そしてお互い切磋琢磨できる戦友を得たことは、人生の宝でもあります。

 

 

 

▽南壮一郎の年表③:ビズリーチの創業、そして今

31歳

2007年、楽天イーグルスを退職。一年間ほど、世界中を旅しながら、大学や社会人時代に出会った様々な友人たちと語り合ったり、海外の短期セミナーに通ってみたりしながら、キャリアにおける次の一手を模索する。

32歳

2008年、インターネットの力で、日本人のキャリアにおける選択肢や可能性を広げていきたい、と新しい形態のオンライン転職サービスの準備をスタート。途中、リーマンショックが起こり、システム構築を再スタートしなくてはならなかったり、立ち上げを担うチームが自身の力不足で定まらなかったりしたが、2009年4月14日に、会員制転職サイト「ビズリーチ」を正式リリース。

 

高野:ビズリーチも、気づくと今年で10年目に入りましたね。ビズリーチを創業した当時の想いはどのようなものだったのでしょうか?

南:私自身、創業以来、「インターネットの力で、世の中の選択肢と可能性を広げられるような事業を創りたい」、同時に新しい時代の情報技術を活用して社会の課題を解決できるような事業を創りたい、と会社の仲間たちの前では何度も口にしてきました。インターネットやデータ・テクノロジーの力を通じて、社会にインパクトある事業を創り続けることこそが、私たちビズリーチのDNAであり、創業当時からの存在意義だと心底から思っています。

正直、青臭く聞こえるかもしれません。でも、自分たちの言葉を信じています。今まで見えなかった世の中の選択肢と可能性を可視化しながら、その情報を必要としている世界中の人々にあまねく提供し、未来の可能性を広げていく。日々の生活が楽しく元気に、また今より便利で快適になるような価値ある事業を正しく描いていく。創業当時の想いと今の想いは、さほど変わっていません。ともに戦う最高の仲間たちと、我々の生きる時代を表現するような事業を立ち上げ、社会や業界の歴史を創っていきます。

高野:もっともっと、これまでの南さんやビズリーチの創業期についてお聞きしたいことがありますが……。南さんの詳細のご経歴は、南さんの書籍をご一読頂けると幸いです。

 

 

 

The Future of Work 働き方と経営のあり方の未来に迫る

 

高野:ここからは未来にフォーカスを当ててお話をお伺いしたいと思います。まず、南さんにとって「経営や働き方の未来って何なのか?」こちらをテーマにお話をお伺いしたいと思います。

南:重要なことは、何事もシンプルに捉えることです。

経営も働き方も、多少フワフワした言葉だと思いますが、シンプルに捉えると、「仕事とは、どなたかの課題解決をするために、時間と労力を割くことによって、その対価として利益や賃金をいただく行為」だと思います。

会社であれば、お客様の課題解決をして、お客様からの感謝の印として、またその対価としていただく利益を追うことが経営であり、会社が存在する一番の本分です。利益をどのような戦略、作戦、戦術等で作っていくのかが自分なりの経営の定義であります。

また利益を要素分解しながら、利益を構成する業務を要件定義していくことは、経営者の最大の仕事の一つであります。そして、要件定義された業務に適材適所、適所適材の人を配置していきます。ですので、未来の経営も、未来の働き方も、全てはお客様から課題解決の対価として支払われる「利益」が最上位概念にあることを認識することが重要です。

高野:会社は誰かの課題を解決して、その対価として頂くものが、利益であるという至極当然なことですが、意外と忘れがちな印象です。

南:それでは次に、先ほどの仕事における「利益」の概念を据え置いた上で「なぜ一人ではなく、集団になって働くのか?」また「なぜ会社という組織の一員として働くのか?」について考えてみてください。


答えは、そこまで複雑ではありません。それは、1人で仕事するよりも、会社や集団で仕事した方が、効率的、かつより大きな利益を生み出せるからです。今も、昔も、未来もその概念は、あまり変わらないと思います。

高野:おっしゃる通りです。

南:話を未来の働き方や経営のあり方に少し戻しましょう。例えば、昨今、政府やメディアでもよくうたわれている未来に向けた経済全体の「生産性向上」の課題ですが、先ほどの概念を当てはめると、解決策は大変シンプルになります。課題をより効率的に、より多く解決し、より大きな利益を作り出すためには、どのような経営や働き方をすればよいのか?ということになります。

もし日本経済が、今後も成長する明るい未来を追い掛けるのであれば、経営や働き方に対する課題解決のスピードや精度を上げ、より生産的に利益を増やすことを可能とする、例えば、新しいテクノロジーに投資したり、また社会構造に適した新しいフレームワーク(仕組み)を導入しなくてはなりません。ただ、歴史を巻き戻せば、今申し上げた説明は、別に今に始まった話ではありません。

イギリスで始まった産業革命後でも、明治維新後、鎖国を解いて一気に近代化が進んだ日本でも、テクノロジーによって社会や経済は再定義されてきました。そして、ここ20年くらいは、ITという情報革命の影響で、生産性という観点で、世界の国々に格差が生まれ、またその差は広がる一方です。

高野:なるほど、歴史は繋がっていますね。

南:残念なことに、日本以外の世界各国では、当たり前のように、経営や働き方にテクノロジーやデータが駆使されており、徹底的に判断や業務を効率化することで生産性を向上させています。


そして、経営の最大の資産としての「人」をどう活用するべきなのか、どうすれば価値を最大限に発揮してくれるのか等を定量化する方向に進んでいます。昔の経営は「ヒト、モノ、カネ」と言っていましたが、世界は確実に「ヒト、ヒト、ヒト」の方向性に向かっているように感じています。

テクノロジーによって人間の仕事を代替することが、これまでの生産性向上でしたが、これからは、テクノロジーによって、人間の持つ適材適所、適所適材の役割を定めたり、決断のスピードや精度を上げることも、生産性の向上につながっていきます。変化し続ける新しいテクノロジーとどう向きあい、活用していくかが、ますます、その人の市場価値の向上に大きな影響を与えていくと思います。

 

野球は、経営と働くことの未来を表現している

 

南:少し話を変えますが、実は、経営の定量化がもっとも進んでいる業界の一つがプロ野球界で、日本全体の生産性向上を進めるうえでも、たくさんのヒントがその変化に隠されています。

高野:なんと、野球にヒントがあるのですね。

南:野球というスポーツの構造は、すごくシンプルです。なぜかというと、勝敗とルールが明確だからです。1チームで同時にプレーできるのは9人であり、27つのアウトを運用しながら、なるべく多くの得点を取り、なるべく失点を防ぎ、その差分で勝利を争うゼロサムゲームです。

つまり、野球においては、出場している選手は、攻めている時には得点を増やすこと、守っている時は失点を減らすことが、仕事の唯一の本分であります。仕事の本分、つまり目的が明確であるため、全ての行動や活動を目的に応じて定量化できます。

例えば、最近では、野球の攻撃時においては、OPS(=出塁率+長打率)という数字の指標が、得点することに対する最重要指数の一つになっています。ひと昔前までは、球団もファンも、打率にしか目を向けていなかったのですが、よく考えたらヒットで出塁しようが、四球で出塁しようが、得点に対する貢献は全く同じであります。攻撃においては、打席に立った選手が、打席の度に出塁するか否か、そしてもし出塁した場合に、1塁稼いだか、2塁稼いだか、またホームランで一気に一打席で4塁稼いだのか(長打率の定義)の組み合わせが、得点をすることに最も影響を与える数値だと認識され始めました。


高野:
目的が明確だからこそ、行動も目的に応じて効率化していくということですね。ちなみに、他にはどのような行動が定量化され始めているのでしょうか?

南:例えば、打者や投手の「運」も数値化されています。各打者のフェアゾーンに飛んだボールの打率をシーズンごとに計算しているのですが、あるシーズンにおける「運」の状況が統計的にわかるようになります。シーズン途中に、昨シーズンよりも「運」の成績の良い選手がいたとします。前半戦の成績は好調だけども、後半戦は成績が下がる可能が高いので起用を抑えるべきか否か。もしくは、前半戦の成績がよいうちに、他球団へトレードすべきか。データを活用した人材活用や戦略の選択肢が検討されます。

また急に成績が上がっていたり、下がっている選手の分析も徹底的に行われます。例えば、選手がオフシーズンに実施したトレーニングによって、ボールがバットから飛び出る打球スピードが変わったり、打球の飛び出る角度が過去と変化していないか。現代のプロ野球においては、運も技術も、全てが統計分析の対象なんです。

つまり、一人一人の選手は試合に出場する際に、自身の役割分担において、チームの勝利に貢献をするという目的が明確であるため、業務内容の要件定義も明確になります。業務も明確であれば、業務の評価もフィードバックも定量化しやすく、改善もしやすくなります。野球チームの経営者は、統計データをいかに活用して勝てるチームを設計できるのかが差別化要因になってきており、どの選手を採用し、育成し、起用し、そして評価していくのかを最終的に決断する仕事になってきています。

高野:組織や業務の可視化、そして定量化は、経営にとって大事なことですよね。

南:野球チームの経営を企業に当てはめてみると、まさに野球における得点と失点の差が、経営における利益に近しくないでしょうか。もちろん会社経営の方が、組織や事業内容のみならず、ありとあらゆる面で野球と比較すると変数が多いですし、複雑ですが、基本的な概念は似ていると思います。

高野: 南さんは何事もシンプルに捉えようとする姿勢が素晴らしいと思いますし、だからこそ、他人への説明も例え話が多かったりして、わかりやすいですよね。どんなことをいつも心がけているのでしょうか?

南:僕は、常に目的と行動を明確化することを意識しています。ビジネスにおいては、とにかく目的の源泉となる課題を徹底的に磨くことで、解決策も明確にするように努めています。つまり、課題が明確に設定され、課題解決の要件定義がシンプルに割り振られれば、あとは、役割分担を担うものが適切な労力と時間を割けばよいでしょう。

高野:それ以外に、南さんがビジネスシーンにおいて、常日頃から意識していることはありますか?


南:そうですね。ビジネスにおいては、成功したり、失敗したりするパターンは差ほど多く存在しないと勝手に信じています。だからこそ、世界各国のビジネスモデルは頭に入れておく努力は続けていますし、面白い会社があれば、実際にその関係者に世界中いつでも会いにいくようにしています。情報収集は、運でもタイミングでもなく、適切な努力で勝敗がつきます。努力で負けることだけは、自分は許せません。

 

 

働き方や経営のあり方を支えるデータプラットフォーム

 

高野:日本人の生産性が低い問題について、南さんはどうお考えでしょうか?

南:日本は、よくメディアで生産性が低いと言われていますが、実は、二次産業である製造業の生産性だけに限ると、日本の生産性は決して低くありません。

なぜならば、野球の世界と同じように、日本の製造メーカーでは、徹底的に業務の要件定義、定量化が進められ、生産性に応じて業務が人力から機械やオートメーションに代替されています。どうしても人間がやらなければならない仕事についても、トヨタのKAIZENシステムのように、現場からボトムアップで改善提案がされる工夫がされており、世界からも、日本の製造メーカーの工場関係者は一目をおかれています。

高野:確かに、トヨタ自動車の工場ラインは生産性の高さで有名ですよね。

南:業務フローの設計と徹底的に数値化されたオペレーション以外に、やはり主体的な改善の仕組みがその強みだと思っています。どんな会社も参考にできる企業経営の鏡のような素晴らしい仕組みです。

高野:このような徹底的に磨かれた仕組みをもつことが、今後はサービス業(三次産業)など、どの業種でも成長の差になっていくのではないでしょうか?

南:大変生意気な意見ではありますが、日本の生産性を解決する最大のヒントは、GDPの7割を担うサービス業に潜んでいると感じています。今後、日本のサービス業の皆様が、製造業の皆様が長年かけて推進してきたように、最終的な事業ROI(利益)の要件定義を明確化したうえで、定量的に定め、テクノロジーやデータの活用を推進して生産性を上げていければ、僕たちの時代において、日本経済が再浮上する可能性はあるのではないでしょうか。


我々ビズリーチ社としては、サービス業における最大の資源である「人」を効率的、かつ効果的に活用できる事業を今後も展開していきたいと考えています。例えば、経営者の観点において、人材採用から適材適所の活用、また評価や育成までを一気通貫で定量化でき、改善サイクルを回せるデータ・プラットフォームを創り、日本全国の企業の生産性向上のお役に立ちたいと思っています。

 

高野:ビズリーチは、日本の生産性向上を通じて、日本経済を元気にしたいという、大きなテーマをお持ちなのですね。

南:もちろん、まだまだ道半ばではございますが、ビズリーチ事業以外にも、求人検索エンジン「スタンバイ」、大学生向けのOB/OGネットワーク「ビズリーチ・キャンパス」や、採用、管理、評価、育成のデータをクラウド上で管理するHRMOS(ハーモス)事業の拡大を中心に、日本経済に前向きなインパクトある事業を育てていきたいです。同時に、お客様の課題に対して真摯に向き合いながら、最高の仲間とともに、未来の働き方や経営のあり方を支えられるような事業を創り続けます。


高野:
これからの展開にますます目が離せません!素敵なお話をありがとうございました。後半では、以下のタイトルで未来に向けたお話を頂きます。

素直に青臭く社会の課題と向き合い事業を創出するビズリーチ南壮一郎さんの描く未来

ビズリーチの急成長を支える組織論

大きな志を実現するために自ら変わり続ける

「社会の課題と向き合いながら大きな事業を作りたい」経営人材を求めています

ビズリーチは、世界に挑戦するのか?

 

 

※後半編の公開は2018年12月14日です。

 

<取材・執筆・撮影>高野秀敏・田崎莉奈

 

高野 秀敏

キープレイヤーズ 代表取締役

99年に株式会社インテリジェンスへ入社。2005年に株式会社キープレイヤーズを設立。3000名以上の経営者の相談と、10000名以上の個人のキャリアカウンセリングを行う。また、30社以上の社外役員・アドバイザー・エンジェル投資を国内・シリコンバレー・バングラデシュで実行。キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数100回以上。

 

 

 

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