代表取締役CEO 宮田 昇始 プロフィール
SmartHRの代表取締役CEO。2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年11月に自身の闘病経験をもとにしたクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。利用企業は1万社を超える。IVS、TechCrunch Tokyo、B Dash Campなど様々なスタートアップイベントで優勝。HRアワード 2016 最優秀賞、グッドデザイン賞 2016、東洋経済すごいベンチャー100にも選出。
株式会社SmartHR(スマートHR)
株式会社SmartHRは、アナログな社会保険の領域を、シンプル、かんたん、便利に変えていきます。入退社の書類の自動作成や役所への電子申請、ペーパーレス年末調整など労務領域を広くカバーするクラウド型ソフトウェア「SmartHR」の開発を行っています。
目次
アナログ学生からWebディレクターに。その後待ち受けていた難病との闘い
高野:今回は、SmartHR 代表取締役CEOの宮田昇始さんにお話をお伺いします。
SmartHRさんは 「TechCrunch Tokyo 2015 」のスタートアップバトルや「Infinity Ventures Summit 2016 Spring Miyazaki Launch Pad」での優勝をはじめとしたたくさんの受賞歴に加えて、最近では利用企業1万社を突破した注目のベンチャーです。
まずは、宮田さんのご経歴をお伺いしたいと思います。
宮田:学生時代から遡ってお話させて頂きます。今でこそ、IT企業の経営をしていますが、とてもアナログな大学生でした。大学生の頃はちょうどmixi全盛期でしたが、私は斜に構えていて、mixiどころかインターネットにも接続していませんでした。
就職活動を始めるタイミングで、就活のポータルサイトに登録するにはどうしてもメールアドレスが必要となり、友人にメールアドレスを取得してもらったほどです。友人にネットで会社を探してもらいながら就職活動をしていました。
高野:愛おしいほどのアナログ学生だったのですね(笑)。
宮田:インターネットに興味を持ったきっかけは、内定をもらっていた企業でのインターンです。そこで、インターンとしてWebメディアの企画を考える仕事をしました。これが本当に面白く、はじめてインターネットの魅力を感じ、のめり込んでいきました。この時、たくさんのツールに触れ、こんな便利なものがあるのかと面食らいました。
就職先では、広告部門への配属が決まっていたのですが、「インターネットに関わる仕事がやりたい」と希望を出して、メディア事業部に配属を変更してもらえました。スキルも知識もないのに、ポテンシャルでWebディレクターを経験させてくれた会社には本当に感謝しています。ここでの経験が、今につながる第一歩でした。
高野:今でこそ、インターネットは必要不可欠ですが、当時ですとインターネットの魅力は実際にその領域に入ってみないと分からなかったと思います。
宮田:その後は、フリーランスとして働いたり、友人の会社を手伝ったり定職に就かない時期もありました。そして、医療系ベンチャー企業に転職した直後、私が27歳の時に「10万人に1人」と言われる難病「ハント症候群」を発症しました。簡単に言うと、耳の中の三半規管に水ぼうそうができてしまう病気です。
三半規管を通る神経が傷つけられてしまい、耳は聞こえない、味覚もなくなる、顔面も麻痺する、といった症状が出ます。見える世界がぐるぐる回っていて、立っていることもできません。医者に「完治する見込みは20%」と宣告を受けた日の衝撃は今でも忘れません。人生のどん底だと思いましたが、この時に自分の人生を見つめ直すきっかけともなりました。
高野:そんなご苦労があったのですね。
宮田:それでも、社会保険のひとつである傷病手当金を受給できたおかげでリハビリに専念でき、無事完治することが出来ました。そこから一念発起し、「人生何が起こるかわからない、好きなことをやろう」と起業を決意しました。
伸び悩んだ創業初期と、SmartHR誕生秘話
高野:ここからは起業の経緯をお聞きしたいと思います。
宮田:起業したものの、明確なアイデアもなく、フリーランスで仕事をしながら、友人などに声をかけて一緒に働く仲間を探していました。
いざ事業を起こそうと一念発起しても、まったく稼げない時期が続き、受託の仕事もしていました。その受託のほうが仕事量の半分以上を占めて、本業に全く専念出来ないことに悶々としながら渋谷のワンルームマンションで2年過ごしていました。
新規事業を2,3ヶ月考えているとキャッシュアウトしそうになります。会社の口座の残高が10万円を切りそうになったことも何度かありました。そのタイミングでまた受託の仕事を受けてキャッシュを担保していました。するとまた自社サービスの開発に専念することができず、負のループに陥ります。
高野:起業され、キャッシュの担保のために受託を請け負う会社さんは多いですが、起業難易度が高いにも関わらず本業に専念出来ないため、残念ながら成功確率は下がってしまう印象を持ちます。
宮田:当時の私たちがまさにそうでした。2年も費やしたのに世の中のニーズを掴めずにいました。受託をやりながら自己資本だけでサービスを伸ばすのは無理だという結論になり、シードアクセラレータプログラムに入りました。共同創業者の内藤は大手企業でのキャリアを捨ててまで、仲間になってくれたのです。何も結果を出せないままを会社をたたむことは絶対できないと思っていました。
アクセラレータでは学びばかりで、自分たちの未熟さを痛感しました。私たちは、開発力と推進力には自信がありましたが、事業の作り方を知らなかったのです。自分たちの机上の空論だけでビジネスを企画しようと必死で、課題の検証やユーザーヒアリングをせずに事業を作っていました。ユーザー視点で世の中の課題を見つけ、事業にすることことの大切さを学びました。
高野:この視点を持たれてから何が変わりましたか?
宮田:起業家として当たり前の事ですが、日常生活でもどんなビジネスチャンスがあるか思考するようになりました。そして、SmartHRの出発点となる決定的な瞬間に巡り合ったのです。
高野:ヒントはどこにあったのですか?
宮田:自宅での出来事です。妻が産休・育休を申請するための書類を書いていました。本来会社がやってくれるものなのですが、妻が勤めていた会社は、社長さんが経営や現場にでる傍ら、従業員の労務手続きをやっているような小さな会社でした。そういった場合、どうしても手続きが後回しになりがちです。
出産も間近に控え、しびれをきらした妻は、自分で手続きの方法を調べて役所まで足を運び、書類を作成することにしたようです。何度も会社や役所に電話して必要な情報を確認したり、煩雑な書類に悪戦苦闘していた姿を今でも覚えています。この課題は根が深そうだと確信を持ったことを覚えています。
その後、100社以上の経営者や企業の人事担当者の方、社会保険労務士の先生など様々な方にヒアリングを行い、人事労務の課題を徹底的に見つけに行きました。ここでこれまでとは明らかに違う発見がありました。ヒアリングすると、どの現場でも同じ声が返ってきたのです。
さらに、これまでは「どちらかといえば必要」「あったら嬉しい」というようなフィードバックでしたが、労務手続きに関するヒアリングを行うと、自らたくさんの課題感をお話ししてくれるのです。
高野:書類手続きに関しては、私も捺印を忘れて会社と役所を2往復したこともありますし、役所で延々と待たされたこともあります。確かにたくさんの課題感がありますね。
宮田:労務手続きの課題は、ヒアリングをしたほとんどの方が共感されました。この課題を解決するため、ようやく本格的に動き出すことができるようになり、事業モデルの最適なアウトプットの形を追求することに専念できるようになりました。
SmartHRのβ版をリリースするまでに約100社のヒアリングを終え、確信が持てました。日本のすべての企業が避けて通れない手続きであるにも関わらず、アナログで煩雑なフローが未だに残っていることがわかり、これを事業にする覚悟が出来ましたね。
高野:課題感を明確にしながらも、ユーザーの声を取り入れピボットを繰り返したからこそ今の形があるのですね。
宮田:時にはこれまでのアイデアを捨てることも大切です。投資し続けることが損失につながると分かっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、止められない状態に陥ります。
例えば、「このサービスはニーズがないだろうから止めたほうが良いんじゃないか。」と言われても、「でももうここまでサービスの開発が進んでしまっているので…。」「少ないもののユーザーがいるので…。」と固執してしまうのです。
私も失敗したサービスをたたむことの辛さを経験してきています。世の中の声、ユーザーの声を素直に受け入れ、「なるべく早く、たくさんの、小さい失敗」をすることが大切であると思います。
高野:宮田さんの原体験を持ったこのメッセージは全ての悩める起業家の皆さんに知って頂きたいです。
宮田:振り返ってみると、病気の時は傷病手当金の補填があり社会復帰することが出来ました。これは、面倒ながらも、会社が社会保険の加入や傷病手当金の受給手続きをしてくれたおかげであり、私の原体験が元になって「これは自分がやるべき事業」だという使命感もあります。社会保険自体は素晴らしい制度なのですが手続きが煩雑で、知識も必要になるため、とても手間のかかる作業になってしまうのです。
高野:宮田さんやるべくして生まれた事業ですね。
「労務の課題」をテクノロジーで解決する
高野:労務手続きの課題を解決する「SmartHR」とはどのようなサービスですか?
宮田:「SmartHR」は、企業が行う入退社の書類の自動作成や役所への電子申請など、人事労務の手続きを、簡単でシンプルにするクラウド型ソフトウェアです。アナログで煩雑な「労務」の自動化を目指しています。
労務手続きは、どの企業も役所への届出が最終的なアウトプットと、同じです。ユーザーの皆さまに必要な機能を追求することで、共通の課題を解決していきたいと考えています。
高野:どれも必要だと誰もが納得するサービスですよね。今後は、導入企業側の理解が障壁になるとも思いますが、この壁を乗り越え、日本の労務手続きを便利にして下さい。本当にお願いします!
宮田:確実に便利なサービスへと成長させながら、人事労務の負の部分を解決出来るプロダクトを目指していきます。
また、SmartHRには、年末調整をPCやスマホから行うことができる「ペーパーレス年末調整機能」があります。年末調整では、所得や扶養状況、生命保険の情報を収集します。このデータをもとに、例えば、最適な金融商品や保険の最適なマッチングの提案など、Fintech領域への進出も検討しています。
高野:今後の益々の展開が楽しみです。
宮田:SmartHRは、何かをディスラプトするプロダクトではありません。これまで人事労務に費やしていた時間がSmartHRによって圧縮され、生みだされた時間で働き方改革を促進する社内制度をつくられたユーザーさんもいらっしゃいます。また、社労士の先生方も、SmartHRによって手続き業務が圧縮され、顧問先を増やすことができ、結果的に顧問報酬が約3倍になったという声もいただいています。なくなるものと言えば、手書き・郵送・印鑑・FAXなどのアナログなものです。
「50人で2問ずつ解く経営」に必要な自立駆動型人材
高野:ここからは採用に関するご質問です。宮田さんはどんな方と一緒に働きたいですか?
宮田:行動指針にも掲げていますが、「自律駆動」して事業推進できる人がSmartHRには必要です。
ある先輩経営者から「スタートアップを創業して、大きな社会インパクトを与えていく過程は、難しい問題を100問解くようなもの」だと教えて頂いたことがあります。100問を経営者が全部解こうとしたら、時間がかかるし精度も低いものになってしまいます。それを、1人で100問ではなく50人で2問ずつ解いていけば、短い時間でトライ&エラーを繰り返し正答率をあげていくことができます。
この考え方は弊社が9名のフェーズで教えて頂き、これを契機に開発会議へ参加することをやめました。これは私が人任せになったのではなく、メンバーを信頼して問題を託したということです。
しかし、単に問題を託すだけでは、答えを導きだせません。そのため情報の見える化を徹底しています。給与と1on1の情報以外はすべてオープンです。すると、課題を自ら発見して、それを解決するために考える情報が揃っていますし、意思決定も似てきます。
高野:経営情報の見える化を取り入れている企業様は、社員の皆様の推進力とスピード感がありますよね。
宮田:その効果は実感しています。また、経営会議の議事録もオープンにし、経営会議は議題を持って誰でも参加できるようにしています。昨年は全社員の1/4が経営会議に参加しました。経営会議後は毎回20分ほど時間をとって、メンバーに向けて売上や会社の残高、重要な決定事項を共有しています。メンバー一人一人が経営者状況を自分ごとに捉えて、課題があれば解決に向けて取り組んでくれています。
今スタートアップで自分がどこまでやれるか腕試しをしてみたい、自分が会社で使われているなと感じている方に、SmartHRであれば自律駆動型で働ける環境を提供できます。
高野:現在はどんな方がいらっしゃいますか?
宮田:初期メンバーは友人に声を掛けて集まってくれて、1年半で9名の会社になりました。当時は半数以上が数年来の友人でしたが、今では様々なバックグラウンドのメンバーが集まっています。
副社長でエンジニアの内藤は大手SIer出身です。経営企画の責任者はマッキンゼー&カンパニーからハーバードビジネススクールにてMBA、その後、楽天などバックグラウンドは様々です。直近では、サイバーエージェンドやエウレカ、メディア会社出身などスタートアップ出身者が多くなっています。
高野: SmartHRさんはどんなカルチャーでしょうか?
宮田:ベンチャー企業ではありますが、私たちの働き方はオンとオフはわけやすいほうだと思います。フレックスタイムを取り入れており、コアタイムは10時から16時です。20時半頃にはオフィスからほどんどの人がいなくなっています。
SmartHRのサービスの特性もあるのですが、社会性を持つ新鋭サービスであり、手堅く伸びていくべき企業です。メンバー全員が疲労せずに長くコミットしてもらい、貢献が報われて欲しいと考えています。
「3人に1人が社員紹介入社」SmartHR流、成功するリファラル採用
宮田:現在、従業員は47人になりました。リファラル採用が功を奏して、約3人に1人がリファラル採用で入社してきています。
高野:1/3がリファラル採用とは凄い数字です!
宮田:リファラル採用を推進するために経営陣も巻き込んで仕組みを設計しています。人事がリファラル採用の施策を提案し、メンバーにリファラル採用に関するアンケートを集計してくれました。自分の会社をみんなに紹介したいと思いますか?」という質問に対して100%が「YES」と回答してくれました。これは私にとって本当に嬉しい結果でした。
高野:それは素晴らしいです!
宮田:アンケートの結果を分析して、他にも工夫しています。リファラル採用は友人を紹介するため、採用にいたらなかった場合は申し訳ない思いが先行します。そういった場合には、良好な関係を保ってもらいたいですし、後に一緒に食事に行く費用を支給しています。
高野:社員の皆様が自分の会社に自信を持たれている要因はどこにあると思いますか?
宮田:自律駆動型であれば活躍できる環境を徹底しています。情報の透明性と業務の裁量がありそうと弊社に興味を持ってくれる方は多いです。各チームのコミュニケーションも活発で風通しは良い組織だと思っています。
経営者として大事にしていること
高野:経営において大切にされてることはありますか?
宮田:SaaSのビジネスには成功するであろうとされる指標があり、それに沿って経営の意思決定をしています。
例えば、LTV(顧客生涯価値)とCAC(顧客獲得コスト)を測定し、LTV/CACが一定の数値を超えたらマーケティングのアクセル踏むことができると判断出来ます。昨年の夏にTVCMを放映しましたが、この判断も私ではなく、これらの数値を見てマーケティングのメンバーがやろうと提案してくれました。私も初めは「TVCMを本当にやるのか….」と少し驚きましたが、指標を見て3時間でTVCM放映の意思決定をしました。
高野:ちなみにTVCMの効果はいかがでしたか?
宮田:ROA(Return On Assets)は 1/3を回収できると予想していて、外れていなかったです。加えて、測定出来ない見えない部分の効果が大きかったです。TVCM後にSmartHRを導入してくださったお客さまの中には、導入の決裁権をもつ上長がSmartHRを認知していたため、担当者の方が「スムーズに決裁が承認された」とのお声をいただきました。また、チェーン店業界では店舗で働く従業員の皆さんの同意が大切です。従業員600名規模の店長会議でSmartHRを導入します」と発表した時、店長の皆さんが喜んでくれたと聞いた時も、TVCMの効果を実感しました。
余談ですが、西荻窪でお寿司を食べている時、おかみさんがSmartHRを知っていた時は本当に驚きました。インターネット広告では届かない層にアプローチ出来た、目に見えない効果が確かにありました。
高野:素敵ですね!ちなみに、勤怠管理に最適なサービスがないからSmartHRにやって欲しいというお声をよく界隈で耳にします。世論を代表して質問させてください。この点に関してはどうお考えですか?
宮田:勤怠管理や給与計算システムは既に世の中にたくさんのサービスが存在しています。私たちが取り組んでいる労務の領域では、まだ目立った競合のサービスが存在してません。まだマーケットリーダーが存在しない、何もない領域に70点のプロダクトでも良いから、世の中を便利にするサービスを生み出す必要があると考えています。SmartHRは、労務を得意としていますし、この分野を深堀りし市場を広げていきます。
高野:今後の可能性が無限大ですね!益々のご発展をお願い致します。
キープレイヤーズ高野のコメント
最近何かと話題のSmartHRさん。BtoB、バックオフィス系事業は目立たない会社が多い中で、TVCM効果もあり、どんどん知名度が上がっているスタートアップですね。また、リファラル採用率が高いです。これは社員の方のロイヤリティが高いとも言えます。ロゴやオフィスのデザインも良く、働きやすさを重視している人事制度やカルチャーを持っていることも特徴です。
紆余曲折を経て、現在の事業にたどり着いた宮田さんからはかなり人間力を感じます。他社が今からは真似しにくい事業領域に取り組んでおられますので、ブルーオーシャンとも言えます。会社としては、ジョブホッパーというよりも腰を据えて、じっくりとインフラになるサービスを共に創る方をお探しです。社会性のある便利なサービスをチームプレイで創っていきたい方にオススメの会社さんです。
SmartHR(スマートHR)調達
直近は、約61,5億円もの大型の資金調達をし、話題ですね!
<取材・執筆・撮影>高野秀敏・田崎莉奈