量子分野の転職ガイド|国の課題は「人材不足」ではなく「出口不足」でした

執筆者:高野秀敏
株式会社キープレイヤーズ/代表取締役
東北大→インテリジェンス出身、キープレイヤーズ代表。東北大学特任教授(客員)、12,000人以上のキャリア面談、4,000人以上の経営者と採用相談にのる。80社以上の投資、9社上場経験あり、2社役員で上場、クラウドワークス、メドレー。178社上場支援実績あり。顧問、アドバイザー、社外役員30社以上、キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数100回以上。「ベンチャーの作法」ダイヤモンド社5万部を超えるベストセラー

こんにちは、ベンチャー・スタートアップの転職・採用支援を27年続けているキープレイヤーズの高野秀敏です。

戦略17分野のひとつ「量子」について調べました。

最初は、合成生物学・バイオと同じ話になると思っていました。国が投資すると言っていて、人が足りない。そういう構図だろうと。

違いました。

文部科学省の資料に、こういう事業が載っています。

量子人材の活躍機会拡大プログラム
目的:量子人材の「出口」拡大を目的として、企業による量子人材の雇用を促し量子技術ユーザーの裾野を拡大する。それにより、学生・若手が安心して量子分野を志せる環境を整備し、量子分野を目指す母数を増やす

国が、企業に「量子の人を雇ってください」と働きかけている。

バイオでは「人材不足」と書かれていました。量子では「出口」です。人がいないのではなく、受け皿が足りない。同じ17分野でも、転職市場としての状況がまるで違います。

この記事では、その違いがどこから来るのかと、それでもこの分野に行くならどう考えるかを書きます。

この記事でわかること

  • 量子分野の投資額と、国の2030年目標
  • なぜ「人材不足」ではなく「出口不足」なのか
  • 国産量子コンピュータの現在地(144量子ビット・256量子ビット)
  • 実用化に必要とされる量子ビット数との距離
  • いま実際に求人がある職種
  • 行くべきか、待つべきかの判断軸
目次

投資額と、国の2030年目標

投資額と、国の2030年目標

2026年6月24日の経済財政諮問会議・日本成長戦略会議の合同会議の資料から、量子分野を引きます。

主要な製品・技術等 官民投資額(想定)
量子コンピューティング 2040年度までで10.3兆円
量子通信・ネットワーク 2040年度までで1.5兆円
量子センシング 2040年度までで1.4兆円
合計 13.2兆円

17分野のなかでは10位です。AI・半導体の101.6兆円とは一桁違います。

目標のほうは、2022年4月の「量子未来社会ビジョン」で定められた3つです。

2030年目標
国内の量子技術の利用者を1,000万人に
量子技術による生産額を50兆円規模に
未来市場を切り拓く量子ユニコーンベンチャー企業を創出

数字だけ見ると、威勢がいい。ただ、同じ資料に別のことも書かれています。

なぜ「出口」なのか

なぜ「出口」なのか

文部科学省が2026年1月の量子科学技術委員会に出した資料には、課題としてこう書かれています。

産業化を見据えた複数の分野に長けた人材の育成や、長期的に取り組むべき課題も多い量子技術分野の次世代の研究開発を担う人材の育成が急務

人材育成が急務だ、とは書いてあります。でも、その育成した人をどこに出すかが先に問題になっているのが量子です。

前述の「量子人材の活躍機会拡大プログラム」のほかに、こういう事業も並んでいます。

事業 目的(資料の記載)
量子人材の活躍機会拡大プログラム 企業による量子人材の雇用を促し、学生・若手が安心して量子分野を志せる環境を整備
高専エンジニアリング人材育成事業 高専で量子技術を体系的に学ぶ環境を整備し、産業化を支えるエンジニア人材層の厚みを増す
高校生向け人材育成プログラムの開発 高校生に量子分野への進路選択を検討できる機会を提供

高校生、高専、そしてジョブマッチング。裾野を広げる段階にあるということです。

私が転職のご相談を受ける立場で読むと、これはこう読めます。いま量子を専門にしても、就職先が十分にあるとは言いにくい。だから国が企業側に働きかけている。

正直に書きますが、「量子をやれば引く手あまた」ではありません。少なくとも現時点では。

技術の現在地と、実用化までの距離

技術の現在地と、実用化までの距離

なぜ受け皿が増えないのか。技術の段階を見ると分かります。

  内容
叡-Ⅱ(えいツー) 144量子ビット。理化学研究所と大阪大学QIQBが2026年3月26日にクラウドサービス開始。前機種「叡」(64量子ビット)の2倍以上
富士通・理研の第3世代機 256量子ビット。2025年4月25日発表、外部提供される超伝導量子コンピュータとして世界最大級
次の目標 1,000量子ビット級。川崎市のFujitsu Technology Park内の量子棟に設置予定
実用化に必要とされる水準 文科省資料の注記では「実用的な用途には100万量子ビット程度が必要とされている」

256から100万です。

同資料は「量子ビット数は一概に性能を示すものではない」とも注記しているので、単純な引き算で語るのは乱暴です。誤り訂正の効率が上がれば必要数は変わります。

ただ、「来年から各社が量子エンジニアを大量採用する」という段階ではないことは、この数字から分かります。

では、いまどこに求人があるのか

では、いまどこに求人があるのか

ここからが実務の話です。「量子の求人がない」のではなく、求人の出方が特殊です。

出し手 どんなポジションか
大手メーカー 富士通、NEC、日立、東芝、NTTなどの研究所・事業部門。量子専任より、既存部門との兼務が多い
国研・大学 理化学研究所、産総研、大学の研究センター。任期付きが中心
スタートアップ QunaSys(アルゴリズム・ソフトウェア)、Quemix(アルゴリズム・材料計算)など。各社数十人規模
ユーザー企業 化学、製薬、金融、自動車。「量子を使う側」の検討チーム。ここが伸びしろ
装置・部材 希釈冷凍機、マイクロ波機器、超伝導材料、計測器

私が注目しているのは4番目です。国の2030年目標が「利用者1,000万人」である以上、増えるのは作る側ではなく使う側です。

実際、Quemixは2026年8月に本田技研工業を引受先とする資金調達を行い、2026年7月には三井金属と資本業務提携を結んだと発表されています。完成品メーカーや素材メーカーが、量子を自社の課題に当てにきている構図です。

QunaSysも、総額17億円の調達を実施したと発表しています。文科省の人材育成事業では、産業界との交流の場づくりや若年層向け教材の開発を担っています。

職種と、前職別の入り方

職種と、前職別の入り方

重要な点をひとつ。量子分野の求人の多くは、量子力学の専門家を求めていません。

職種 実際に求められる能力 刺さる前職
量子ビット開発 超伝導デバイス、微細加工、低温物性 半導体デバイス、物性研究、デバイス開発
制御エレクトロニクス マイクロ波回路、FPGA、高速信号処理 通信機器、計測器、無線、FPGAエンジニア
低温・真空技術 希釈冷凍機、極低温配線、振動対策 低温工学、真空装置、分析機器
制御ソフトウェア キャリブレーション自動化、実験制御、運用 組込ソフト、計測制御、SRE
誤り訂正・アルゴリズム 符号理論、数理最適化、数値計算 情報理論、数学、計算科学の博士
量子化学・材料計算 第一原理計算、分子シミュレーション 化学メーカー、製薬の計算科学
ユースケース開発 業務課題を量子向けに定式化する 金融クオンツ、オペレーションズリサーチ、コンサル
事業開発・アライアンス 共同研究の組成、公的資金の獲得 研究企画、産学連携、事業開発

真ん中の2つ、マイクロ波制御と低温技術は、いま本当に人がいません。

量子コンピュータは極低温で動きます。希釈冷凍機の中に配線を通し、マイクロ波で量子ビットを操作する。これは量子力学というより、高周波回路と低温工学の仕事です。

通信機器や計測器のエンジニアの方は、ご自身が対象だと思っていないことが多い。でも、採る側が本当に欲しいのはそこです。

行くべきか、待つべきか

行くべきか、待つべきか

正直に整理します。

こういう方には向く 理由
高周波・低温・計測の専門性がある いま最も足りない。かつ、量子が伸びなくても他で食べていける
博士で、研究テーマとして取り組みたい 国研・大学・企業研究所にポジションがある
ユーザー企業側で検討チームを作りたい 国の目標が利用者拡大なので、ここが増える
慎重に考えたほうがよい 理由
未経験から量子に転身したい 国が「出口」の拡大を課題にしている段階。求人の母数が小さい
量子専業の小規模スタートアップ一本に賭ける 実用化までの距離が長い。合成生物学の記事に書いたのと同じリスクがある
短期で年収を上げたい 研究開発フェーズの会社は、報酬を一気に上げにくい

私がお伝えしたいのは、「量子をやる」のではなく「量子にも使える専門性を持つ」ほうが安全だということです。

マイクロ波回路ができる人は、量子が思ったより遅くても、通信でも計測でもレーダーでも食べていけます。逆に、量子アルゴリズムだけを専門にすると、出口が国研と数社に限られます。

採用する側へ

採用する側へ

企業の方へ。この分野は「量子人材」で募集すると、ほぼ採れません。母数が小さいうえ、大手と国研が先に押さえています。

そのまま出すと採れない 翻訳して出すと採れる
量子コンピュータ開発経験者 マイクロ波回路設計、FPGA、高速信号処理
量子ビットの実験経験者 極低温計測、希釈冷凍機の運用、真空・配線設計
量子アルゴリズム研究者 符号理論、数理最適化、第一原理計算
量子エンジニア 計測制御ソフト、実験自動化、キャリブレーション

右側で書けば、通信機器、半導体装置、分析機器、計測器のメーカーから人が来ます。量子の知識は入ってから付きます。これは防衛テックで起きていることと同じ構図です。

よくある質問

Q1. 量子コンピュータはいつ実用化しますか

断定できません。文科省の資料は「実用的な用途には100万量子ビット程度が必要とされている」と注記しています。現在の国産機は144〜256量子ビットです。ただし量子ビット数だけで性能は決まらない、とも同じ資料が述べています。

Q2. 博士号は必要ですか

職種によります。アルゴリズムや量子ビット開発は博士が中心ですが、制御エレクトロニクス、低温・真空、制御ソフトは学士・修士の実務経験者が主役です。

Q3. 年収は上がりますか

一概には言えません。大手メーカーの研究所なら従来の処遇が基準になります。研究開発フェーズのスタートアップは、現金報酬よりストックオプションの比率が高い傾向があります。固定と変動の内訳を必ず確認してください。

Q4. 国の目標は達成されそうですか

私には判断できません。ただ「利用者1,000万人」という目標の立て方は、作る側より使う側を増やす方針だということを示しています。転職先を探すなら、その文脈で見たほうが実際的です。

Q5. 投資額が13.2兆円なら安心では

17分野では10位です。そして金額の多くは研究開発と設備に向かいます。金額の大きさと採用の多さは比例しません。この話は戦略17分野の記事に詳しく書きました。

Q6. 量子センシングや量子通信はどうですか

投資額は量子コンピューティングより小さい(1.4兆円と1.5兆円)ものの、センシングは計測器・医療機器・インフラ点検など既存産業と近く、実用化が早い可能性があります。計測器メーカー出身の方には、こちらのほうが入りやすいと思います。

まとめ|人が足りないのではなく、受け皿が足りない

3点に絞ります。

1つめ。量子分野の官民投資想定は13.2兆円で17分野中10位。2030年目標は利用者1,000万人、生産額50兆円規模、ユニコーン創出です。

2つめ。それでも国がやっているのは「量子人材の出口拡大」です。企業に雇用を促し、高専と高校から裾野を広げる段階にあります。バイオの「人材不足」とは状況が逆です。

3つめ。いま本当に足りないのは、マイクロ波回路と低温技術と計測制御です。量子の知識ではありません。通信機器や計測器のエンジニアの方は、ご自身が対象だと気づいていないことが多いと思います。

キープレイヤーズでは、21年にわたりベンチャー・スタートアップの転職支援と採用支援を行ってきました。この分野は求人票が世に出ていないポジションがほとんどです。興味はあるが情報がない、という段階でのご相談も歓迎します。お気軽にお問い合わせください。

戦略17分野の全体像はこちら、実際の求人の見え方はディープテックの求人にまとめています。

すぐに動かない方には、オンラインサロンもご用意しています。

出典

  • 内閣府「戦略17分野の『主要な製品・技術等』における官民投資額」第8回経済財政諮問会議・第5回日本成長戦略会議 合同会議 資料1(2026年6月24日)— 量子コンピューティング10.3兆円、量子通信・ネットワーク1.5兆円、量子センシング1.4兆円
  • 文部科学省 研究振興局 基礎・基盤研究課 量子研究推進室「量子技術に関する政策動向について」第35回量子科学技術委員会 資料5(令和8年1月22日)— 2030年目標、量子人材の活躍機会拡大プログラム、高専エンジニアリング人材育成事業、高校生向け人材育成プログラム、人材育成が急務との記述、実用的な用途には100万量子ビット程度が必要とされる旨の注記、量子ビット数は一概に性能を示すものではない旨の注記
  • 「量子未来社会ビジョン」令和4年4月 — 2030年目標(国内利用者1,000万人、生産額50兆円規模、量子ユニコーンベンチャー企業の創出)
  • 理化学研究所「量子コンピュータ『叡-Ⅱ』の運用開始」2026年3月26日 — 144量子ビット、理化学研究所量子コンピュータ研究センターと大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)
  • 富士通・理化学研究所の発表(2025年4月25日)および報道 — 256量子ビット超伝導量子コンピュータ、1,000量子ビット級に向けた計画、Fujitsu Technology Park内の量子棟
  • Quemix、QunaSysの発表および報道 — 資金調達、資本業務提携

※投資額は現時点での想定規模であり、確定した予算ではありません。技術の進展状況は記述時点のものです。職種や人材需要に関する記述は、私がご相談を受けてきた経験にもとづく見方です。

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この記事を書いた人

東北大→インテリジェンス出身、キープレイヤーズ代表。東北大学特任教授(客員)、文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。1万2000件以上のキャリア面談、4,000名以上の経営者と採用相談にのる。80社以上のエンジェル投資、投資して上場は9社。うち2社は役員として上場(クラウドワークス、メドレー)。178社以上の上場支援実績。顧問・社外役員30社以上、キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数300回以上。「ベンチャーの作法」(ダイヤモンド社)5万部を超えるベストセラー

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