こんにちは、ベンチャー・スタートアップの転職・採用支援を27年続けているキープレイヤーズの高野秀敏です。
日本が国として重点を置く戦略17分野のひとつに、「合成生物学・バイオ」があります。2040年度までの官民投資額の想定は、バイオものづくりで12.8兆円、バイオ医薬品・再生医療等製品等で20.8兆円。
しかも、政府のバイオエコノミー戦略には、こう書かれています。
実証拠点の不足と、バイオものづくりに関する人材不足等の課題が指摘されている
国が、人が足りないと書いているということです。
ただ、同じ2026年に、この分野で国内最大級だった会社が私的整理になりました。そこを飛ばして「成長分野です」とだけ書くのは、転職の相談を受ける立場として誠実ではないと思っています。両方書きます。
この記事でわかること
- 合成生物学・バイオの投資規模と、国の数値目標
- 国が「不足している」と名指しした人材
- Spiberの私的整理が意味すること(決算の実数つき)
- 日本がこの分野で持っている3つの強み
- 職種と、前職別の入り方
- 会社を選ぶときに確認すべきこと
投資規模と、国の数値目標

まず数字です。2026年6月24日の経済財政諮問会議・日本成長戦略会議の合同会議で示された資料から、この分野の項目を引きます。
| 主要な製品・技術等 | 官民投資額(想定) |
|---|---|
| バイオものづくり | 2040年度までで12.8兆円 |
| バイオ医薬品・再生医療等製品等(創薬・先端医療分野と共通) | 2040年度までで20.8兆円 |
もうひとつ、2024年6月3日に統合イノベーション戦略推進会議が決定した「バイオエコノミー戦略」があります。こちらは市場規模の目標です。
| 市場領域 | 2030年の市場規模目標 |
|---|---|
| バイオものづくり・バイオ由来製品 | 53.3兆円 |
| 持続的一次生産システム | 14.9兆円の内数(国内1.7兆円、海外13.2兆円の内数) |
| 木材活用大型建築・スマート林業 | 木材活用大型建築 1.0兆円(国内) |
| バイオ医薬品・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業 | 58.6兆円の内数(国内3.3兆円、国外55.3兆円の内数) |
| 生活習慣改善ヘルスケア、デジタルヘルス | 39.1兆円 |
| 5領域の合計目標 | 2030年に国内外で100兆円規模 |
関連指標として、「2030年までにバイオものづくりへの官民投資を年間3兆円規模へ拡大」とも書かれています。
実際にお金も動いています。NEDOの「バイオものづくり革命推進事業」は事業期間2023年度〜2032年度、予算額は約2,700億円。味の素、ENEOS、王子ホールディングス、日本製紙、東洋紡、ANAホールディングス、ちとせ研究所、bitBiomeなどのテーマが採択されています。
ただし、2026年に何が起きたか

ここを飛ばすわけにはいきません。
人工タンパク質素材「Brewed Protein」で知られるSpiber株式会社が、2026年3月25日の株主総会で私的整理と事業譲渡を決議しました。クロージングは3月31日。スポンサーはCRANE株式会社(代表 川名麻耶氏)で、譲渡価格は約50億円です。
東京商工リサーチの2026年3月26日の記事によると、数字はこうでした。
| 項目 | 2025年12月期 |
|---|---|
| 売上高 | 1億7,700万円 |
| 最終損益 | 438億3,100万円の赤字 |
| 純資産 | マイナス281億700万円 |
| 負債総額 | 363億6,200万円 |
売上1億7,700万円に対して、赤字438億円です。
この会社は技術が無かったわけではありません。米国子会社を含む体制で量産に取り組み、素材は実際にアパレル製品として世に出ていました。それでも、売上が立つ速さが、資金が出ていく速さに追いつかなかった。
創業者の関山和秀氏らは経営を退き、主席研究員となったと報じられています。事業は新体制で続いています。
私がお伝えしたいのは、「国が投資すると言っている」ことと「個別の会社が生き残る」ことは別だということです。17分野に入っているかどうかは、その会社の資金繰りを保証しません。
この2つは、矛盾しません

国は人材不足だと言い、最大級のプレイヤーは私的整理になった。この2つが同時に起きるのが、この分野の構造です。
| 内容 | |
|---|---|
| 開発期間が長い | 微生物を設計して、培養して、量産する。研究から売上まで10年単位 |
| スケールアップで死ぬ | フラスコでできても、100トンの発酵槽では別物。ここで多くが止まる |
| 設備が重い | 発酵槽、分離精製、クリーンルーム。ソフトウェアのように身軽には進めない |
| だから人が要る | 長期かつ設備産業だからこそ、途中で辞めない専門人材を抱え続ける必要がある |
つまり「人は足りないが、会社は落ちることがある」領域です。転職で見るべきは分野ではなく会社になります。後ろのほうで、確認すべき項目を具体的に書きます。
日本がこの分野で持っている3つの強み

バイオエコノミー戦略には、日本の強みが3つ挙げられています。これは転職の文脈でも効いてきます。
| 強み | 戦略に書かれている内容 | 転職での意味 |
|---|---|---|
| 豊富な生物資源・遺伝資源 | 多様な気候・地理的環境、東南アジアとの国際連携が容易 | 微生物探索・スクリーニングの職種が成立する |
| 発酵法が発達している | 味噌、酒、醤油。微生物の取扱いをはじめ発酵による製造手法の技術蓄積 | 酒造・醸造・食品発酵の経験がそのまま効く |
| 高い製造技術 | 分離・精製・加工を長年強みとしてきた製造業がある | 化学プラント・製薬工場の経験が歓迎される |
2つめが私にはいちばん面白いところでした。日本の酒蔵と醤油蔵が積み上げてきた発酵の技術が、国家戦略の強みとして名指しされている。
実務でもそうです。発酵のスケールアップで止まる会社は多く、「大きな発酵槽を実際に回したことがある人」は、この業界で希少です。ビール、日本酒、醤油、アミノ酸、抗生物質。その経験がある方は、ご自身が思っているより引く手があります。
どんな会社があるのか

国内の主なプレイヤーを、公開情報で整理します。
| 企業 | 領域 | 公開されている状況 |
|---|---|---|
| Spiber | 人工構造タンパク質素材 | 2026年3月に私的整理・事業譲渡。新体制で事業継続 |
| ちとせグループ | 藻類産業(MATSURI) | 2025年3月に総額73億円を調達。マレーシア・サラワク州にNEDO委託事業として5ヘクタールの藻類生産設備「CHITOSE Carbon Capture Central(C4)」 |
| bitBiome | 微生物シングルセルゲノム解析 | 早稲田大学発・2018年設立。2026年5月に約35億円調達、累計約70億円と報じられている |
| Logomix | 大規模ゲノム構築プラットフォーム | 2019年設立。2025年7月に総額28億円を調達。米国で細胞治療・再生医療へ展開 |
| 味の素 | 精密発酵 | NEDOバイオものづくり革命推進事業に採択 |
| ENEOS | 第2世代バイオエタノール | 同上 |
| 王子ホールディングス/日本製紙/大王製紙 | 木質資源のバイオ化 | 同上 |
| 東洋紡 | バイオ界面活性剤の生産システム | 同上 |
ここで気づいていただきたいのは、採択されているのが大企業中心だということです。製紙、化学、食品、エネルギー。この分野は「スタートアップだけの世界」ではありません。
転職先としても、スタートアップと大企業の新規事業部門の両方があります。リスクの取り方が違うので、どちらが向いているかは人によります。
国が名指しした、求められる知見

バイオエコノミー戦略の人材に関する記述が、具体的で参考になります。求められる知見として挙げられているのはこれです。
| 戦略に書かれている知見 | どんな人が該当するか |
|---|---|
| 合成生物学や発酵生産に関する専門的な知識 | 生物工学、応用微生物、醸造、発酵の研究・実務経験者 |
| AI等のデジタル分野 | バイオインフォマティクス、機械学習、データサイエンス |
| エンジニアリング | プラント設計、プロセス工学、装置設計、ラボ自動化 |
| ビジネスを成功に導くための経営 | 事業開発、知財、規制対応、資金調達、工場立ち上げ |
この4つが並んでいることが重要です。生物学の専門家だけを求めているわけではありません。
実際、私がご相談を受けていても、足りていないのは生物の研究者より、「設備を立ち上げられる人」と「事業にする人」です。微生物を設計できる人は大学にいます。100トンの発酵槽を立ち上げて歩留まりを合わせられる人は、化学プラントや製薬工場にしかいません。
職種と、前職別の入り方

| 職種 | 仕事内容 | 刺さる前職 |
|---|---|---|
| 菌株開発・設計 | 微生物の探索、ゲノム編集、代謝経路設計 | 生物工学、分子生物学、農芸化学の研究職 |
| プロセス開発・スケールアップ | 培養条件の最適化、発酵槽の大型化 | 醸造、アミノ酸、抗生物質、食品発酵 |
| 分離・精製 | ダウンストリーム、晶析、膜分離 | 化学メーカー、製薬の製造技術 |
| プラントエンジニアリング | 設備設計、工場立ち上げ、GMP対応 | エンジニアリング会社、プラント、製薬工場 |
| バイオインフォマティクス | 配列解析、代謝モデル、機械学習による設計 | データサイエンス、創薬情報、Web系エンジニア |
| ラボ自動化 | 実験の自動化、ロボット、LIMS | 制御系、装置メーカー、FA |
| 品質・薬事・規制 | GMP、安全性評価、カルタヘナ法対応 | 製薬・食品・化粧品の品質保証 |
| 事業開発・アライアンス | 共同開発、ライセンス、原料調達 | 商社、化学メーカーの事業開発、コンサル |
| コーポレート | 資金調達、知財、経理、人事 | どの業界からでも入れる |
私の実感として、いちばん採りにくいのはプロセス開発・スケールアップとプラントエンジニアリングです。研究と工場の両方が分かる人が、どの会社でも足りていません。
なお、知財も重要です。この分野は特許の設計が事業価値そのものになるので、バイオ系の知財経験者は常に需要があります。
会社を選ぶときに確認すること

Spiberの件を踏まえて、現実的な確認項目を書きます。技術の良し悪しは、正直なところ私には判定できません。ただ、会社として続くかどうかは、技術以外のところに出ます。
| 確認項目 | なぜ必要か |
|---|---|
| いま売上が立っているか、何で立っているか | 受託、素材販売、ライセンス。売上ゼロで研究開発費だけの期間がどのくらい続く計画か |
| 資金の内訳 | エクイティ、融資、補助金。補助金比率が高い場合、事業終了後の計画を聞く |
| いまどの段階か | ラボ、パイロット、実証、量産。段階が上がるたびに必要資金が一桁変わる |
| 量産のパートナー | 自社で工場を建てるのか、既存設備を借りるのか。資金負担がまったく違う |
| 顧客が決まっているか | 作れることと、買ってくれる人がいることは別 |
| ストックオプションの条件 | 行使条件、ベスティング、退職時の扱い。必ず書面で確認する |
1つめを特に強くお伝えします。面接で「現在の売上はどの事業から立っていますか」と聞いてください。答えられない、あるいは研究開発費の話にすり替わる場合は、慎重に考えたほうがいいと思います。
転職の失敗を避ける一般的な考え方は転職の失敗・後悔・リスクのまとめにも整理しています。
採用する側へ
企業の方へ。この分野でいちばん多い失敗は、「合成生物学の経験者」で募集してしまうことです。
国内にその肩書で動ける人は限られていて、全社で奪い合っても採れません。戦略17分野の記事でも書きましたが、うまくいっている会社は必要な能力を民生の言葉に翻訳して出しています。
| そのまま出すと採れない | 翻訳して出すと採れる |
|---|---|
| 合成生物学の経験者 | 発酵・培養のスケールアップ、分離精製、分析化学 |
| バイオものづくり人材 | プラント立ち上げ、GMP、プロセス設計 |
| バイオインフォマティシャン | 配列データの解析、機械学習、実験計画の自動化 |
右側で書けば、酒造メーカー、調味料メーカー、化学メーカー、製薬の製造部門から人が来ます。国の戦略が「発酵法が発達していること」を日本の強みに挙げているのは、そういう人材層が実在するという意味でもあります。
よくある質問
Q1. 博士号は必要ですか
職種によります。菌株設計やバイオインフォマティクスは博士が多い一方、プロセス開発、プラントエンジニアリング、品質・薬事、事業開発は学士・修士の実務経験者が中心です。
Q2. 未経験から入れますか
バイオの研究未経験でも、発酵・化学プラント・製薬製造・データ分析のいずれかの実務経験があれば十分に可能性があります。むしろそちらが足りていません。
Q3. 年収はどのくらいですか
一律には言えません。スタートアップは大企業の研究職より下がることもあれば、希少な職種では上がることもあります。ストックオプションの比率が高い会社もあるので、固定と変動の内訳を必ず確認してください。
Q4. Spiberのようなことは他でも起きますか
起こり得ます。研究開発型で、量産設備が重く、売上が立つまで時間がかかる構造は共通しているからです。だからこそ、前述の「いま売上が何で立っているか」を確認してください。
Q5. それでも、この分野に行く価値はありますか
私はあると思っています。国が2030年に年間3兆円規模の官民投資を掲げ、2040年度までに12.8兆円と20.8兆円の想定を置いている分野です。ただし「分野が伸びるから安心」ではなく、「自分の専門が希少になるか」で選ぶほうが確実です。
Q6. 大企業の新規事業部門とスタートアップ、どちらがよいですか
NEDOの採択を見ると大企業が多く、この分野は大企業の中にもポジションがあります。資金の安定を取るなら大企業、裁量と速さを取るならスタートアップ、という一般的な整理がそのまま当てはまります。
Q7. 創薬とは何が違いますか
国の分類では別分野ですが、「バイオ医薬品・再生医療等製品等」の20.8兆円は合成生物学・バイオと創薬・先端医療の両方に計上されています。つまり重なっている領域です。技術としては地続きで、人材も行き来します。詳しくは創薬・先端医療の転職ガイドをご覧ください。
まとめ|人は足りない。ただし会社は選ぶ
3点に絞ります。
1つめ。投資想定はバイオものづくり12.8兆円、バイオ医薬品・再生医療等製品等20.8兆円。国のバイオエコノミー戦略は2030年に5市場で100兆円規模を掲げ、NEDOの事業は約2,700億円で動いています。
2つめ。国の戦略文書が「バイオものづくりに関する人材不足」と明記しています。求められているのは生物学だけでなく、AI、エンジニアリング、経営を含む組み合わせです。発酵の経験は日本の強みとして名指しされています。
3つめ。それでも2026年3月、Spiberは売上1億7,700万円・最終赤字438億3,100万円で私的整理になりました。分野が伸びることと、個別の会社が続くことは別です。面接で「いま売上は何で立っていますか」を必ず聞いてください。
キープレイヤーズでは、21年にわたりベンチャー・スタートアップの転職支援と採用支援を行ってきました。私自身も複数のディープテック企業で顧問や社外役員を務め、エンジェル投資もしています。この分野は求人票になっていないポジションが特に多い領域です。転職をお考えの方も、採用にお困りの企業の方も、お気軽にお問い合わせください。
戦略17分野の全体像はこちらの記事に、実際の求人の見え方はディープテックの求人にまとめています。
すぐに動かない方には、オンラインサロンもご用意しています。
出典
- 内閣府「戦略17分野の『主要な製品・技術等』における官民投資額」第8回経済財政諮問会議・第5回日本成長戦略会議 合同会議 資料1(2026年6月24日)— バイオものづくり12.8兆円、バイオ医薬品・再生医療等製品等20.8兆円
- 統合イノベーション戦略推進会議「バイオエコノミー戦略」令和6年6月3日決定 — 5市場領域と2030年の市場規模目標、100兆円規模、年間3兆円規模の官民投資、日本の3つの強み、人材不足と求められる知見に関する記述
- NEDO「バイオものづくり革命推進事業」— 事業期間2023年度〜2032年度、予算額約2,700億円、採択テーマ
- 東京商工リサーチ「バイオベンチャーのSpiber、事業譲渡後に特別清算」2026年3月26日 — 2025年12月期の売上高1億7,700万円、最終赤字438億3,100万円、純資産マイナス281億700万円、負債総額363億6,200万円、株主総会決議2026年3月25日、スポンサーCRANE株式会社、譲渡価格約50億円
- ちとせグループ公式発表 — 2025年3月の総額73億円の資金調達、マレーシア・サラワク州の藻類生産設備「CHITOSE Carbon Capture Central(C4)」(5ヘクタール、NEDO委託事業)
- bitBiome公式発表および報道 — 2018年11月設立、早稲田大学発、bit-MAP等の技術、2026年5月の約35億円調達・累計約70億円は報道にもとづく
- Logomix プレスリリース(2025年7月30日)— 総額28億円の資金調達、2019年7月設立、Geno-Writing Platform
※投資額は現時点での想定規模であり、確定した予算ではありません。企業の状況は公開情報・報道にもとづく記述時点のものです。職種や人材需要に関する記述は、私がご相談を受けてきた経験にもとづく見方です。

