こんにちは、ベンチャー・スタートアップの転職・採用支援を27年続けているキープレイヤーズの高野秀敏です。
戦略17分野のなかで、AI・半導体に次いで投資額が大きいのが「創薬・先端医療」です。2040年度までの官民投資額の想定は、合計64.1兆円。
その分野の工程表に、人材のKPIが載っています。数字を見て、私はしばらく動けませんでした。
| KPI | 実績 | 目標 |
|---|---|---|
| バイオ製造人材研修の累積受講者数 | 303名(平成30年〜令和5年) | 750名(令和6年〜令和10年) |
64兆円の分野です。その人材育成のKPIが、6年で303人、次の5年で750人。
これは国の目標設定が小さいという話ではありません。日本のバイオ医薬品製造の人材プールが、それくらいの規模だということです。
この記事では、なぜこの分野が国策になったのか、国が「足りない」と名指しした人材は何か、そして実際にどう入るかを書きます。
この記事でわかること
- 創薬・先端医療の投資額(5技術の内訳)
- ドラッグ・ロスの実数と、国が動いた理由
- 3,500億円の創薬ベンチャー支援の仕組み
- 国が名指しした6種類の「足りない人材」
- 人材KPIが3桁であることの意味
- 職種と、前職別の入り方
投資額の内訳

2026年6月24日の経済財政諮問会議・日本成長戦略会議の合同会議の資料から引きます。
| 主要な製品・技術等 | 官民投資額(想定) |
|---|---|
| ファーストインクラス製品・ベストインクラス製品(医薬品、再生医療等製品) | 2040年度までで23.4兆円 |
| 感染症対応製品 | 2040年度までで7.2兆円 |
| バイオ医薬品・再生医療等製品等(合成生物学・バイオ分野と共通) | 2040年度までで20.8兆円 |
| 革新的デバイス(AI、ロボティクス等)を活用した先端医療 | 2040年度までで11.6兆円 |
| ライフログデータ等を活用したヘルスケア関連サービス | 2040年度までで1.1兆円 |
| 合計 | 64.1兆円(17分野中2位) |
注目していただきたいのは4番目です。「革新的デバイス(AI、ロボティクス等)を活用した先端医療」に11.6兆円。薬そのものより、薬を取り巻く技術のほうに大きな数字が置かれている項目があります。
ここは創薬の専門家でなくても入れる領域です。後ろで詳しく書きます。
なぜ国策になったのか|ドラッグ・ロス

この分野が国の重点に入った背景は、はっきりしています。日本で使えない薬が増えたからです。
医薬産業政策研究所のポジションペーパー(2024年5月24日版)から引きます。
| 内容 | |
|---|---|
| 2020年末時点の国内未承認薬 | 176品目 |
| うち国内開発中 | 81品目 |
| うち開発情報がない品目 | 95品目 |
欧米で承認された新規有効成分のうち、日本では承認されていない薬が176品目。そのうち95品目は、開発される見込みすら立っていない。これが「ドラッグ・ロス」です。
同じ資料には、2023年3月末時点のドラッグ・ロス品目の内訳も載っています。新興企業の品目が55%、オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)が47%、小児適応が37%。
つまり、日本に入ってこなくなっているのは、大手製薬の大型新薬ではなく、海外の新興バイオテクが作る希少疾患・小児向けの薬です。
理由は資料に書かれています。日本の市場規模が相対的に下がり、新興企業にとって日本で開発する優先度が落ちた。加えて、日本人を含む試験の追加実施が必要になるケースなどが長期のラグを生んでいる、という分析です。
国が宣言したこと

内閣官房は2023年12月に「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」を設置し、2024年5月に中間とりまとめ、7月に政策目標と工程表をまとめました。
2024年7月30日の「創薬エコシステムサミット」では、総理(当時)の挨拶としてこう述べられています。
医薬品産業を成長産業・基幹産業と位置付け、政府として、民間の更なる投資を呼び込む体制・基盤の整備に必要な予算を確保
成果目標も具体的です。「現下で生じているドラッグ・ロスを解消するため、我が国で当該疾患の既存薬がない薬剤等の必要な医薬品等について、2026年度までに開発に着手する」とされています。
2026年度です。つまり、いま動いている期限の中にあります。
3,500億円の仕組み

資金面でいちばん大きいのが、AMEDの「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」です。
| 内容 | |
|---|---|
| 基金総額 | 3,500億円(10年間) |
| 対象 | 非臨床試験、第1相・第2相臨床試験 |
| 仕組み | AMEDが認定したベンチャーキャピタルによる出資額の2倍相当の治験費用を支援 |
VCが出した額の2倍を国が出す、という設計です。創薬スタートアップにとって、VCから調達できれば資金が3倍になるということになります。
転職の観点で言うと、認定VCから出資を受けている創薬スタートアップは、資金の見通しが立ちやすいということです。面接でここを確認する価値があります。
このほか、工程表には「デュアルユース設備を有する拠点 0拠点→16拠点(令和5年→令和10年)」という目標も入っています。平時は医薬品を作り、有事にはワクチンを作れる製造拠点です。拠点が16できれば、そこで働く人が要ります。
国が名指しした「足りない人材」

工程表を読むと、どんな人材が足りないかが具体的に書かれています。これがこの記事でいちばんお伝えしたい部分です。
| 工程表に書かれている人材 | 何をする人か |
|---|---|
| 薬事人材 | 規制対応、承認申請、PMDAとのやりとり |
| 橋渡し人材 | アカデミア研究とVC・製薬企業とのギャップを埋める |
| CRO機能 | 臨床試験の実施体制 |
| 出口志向の研究開発をリードできる人材 | 多様なプレーヤーと連携して、研究を事業に向ける |
| アクセラレーター人材 | 海外の実用化ノウハウを持ち、スタートアップを伴走させる |
| バイオ製造人材 | バイオ医薬品の製造技術、開発ノウハウ |
| 治験業務に従事する人材 | 臨床研究支援スタッフ。キャリアトラックの整備が課題とされている |
| アカデミア人材 | データサイエンス人材を含むグローバル人材 |
並べてみると分かります。創薬の研究者が足りない、とは書かれていません。
足りないとされているのは、研究と事業のあいだ、研究と規制のあいだ、研究と製造のあいだを埋める人です。
私がご相談を受けていても、同じ印象です。シーズを持っている研究者は日本にいます。それを薬にして売るところまで持っていける人が足りていません。
人材KPIが3桁である意味

冒頭の数字に戻ります。
| KPI | 実績 | 目標 |
|---|---|---|
| バイオ製造人材研修の累積受講者数 | 303名(平成30年〜令和5年) | 750名(令和6年〜令和10年) |
| 治験業務の年間研修プログラム修了証発行者数 | 932人(令和5年) | 1,100人(令和10年) |
| デュアルユース設備を有する拠点 | 0拠点(令和5年) | 16拠点(令和10年) |
これを転職の文脈で読むと、こうなります。
バイオ医薬品の製造を分かっている人は、国内に数百人の単位しかいない。そして16の製造拠点を立ち上げようとしている。
需要と供給の差が、はっきりしています。
これは量子とは逆の構図です。量子は国が「出口」を広げようとしている段階でした。創薬・先端医療は、受け皿のほうが先にできていて、人が追いついていません。
職種と、前職別の入り方

| 職種 | 仕事内容 | 刺さる前職 |
|---|---|---|
| 薬事・レギュラトリー | 承認申請、PMDA対応、国際共同治験の設計 | 製薬の薬事、CRO、PMDA経験者 |
| CMC・製造技術 | バイオ医薬品の製造プロセス、GMP、スケールアップ | 製薬工場、CDMO、発酵・培養の経験者 |
| 臨床開発(モニター・DM・統計) | 治験の実施、データマネジメント、生物統計 | CRO、SMO、製薬の開発部門 |
| 非臨床・トランスレーショナル | 前臨床試験、バイオマーカー | 製薬の研究、アカデミア |
| 事業開発・ライセンス | 導出入、アライアンス、バリュエーション | 製薬BD、投資銀行、VC、コンサル |
| 知財 | 物質特許、用途特許、FTO調査 | 特許事務所、製薬の知財 |
| 経営・CFO・CEO候補 | 資金調達、上場準備、組織づくり | 製薬出身、VC出身、連続起業家 |
| AI・データ | 創薬AI、画像診断、リアルワールドデータ | 機械学習、データサイエンス(医療未経験でも可) |
| 医療機器・デバイス | 手術ロボット、診断機器、プログラム医療機器 | 精密機器、組込、画像処理 |
最後の2つを強調します。「革新的デバイス(AI、ロボティクス等)を活用した先端医療」に11.6兆円が置かれています。
この領域は、医薬品のバックグラウンドがなくても入れます。機械学習のエンジニア、画像処理の技術者、精密機器の設計者。医療の知識は入ってから付きます。薬機法やQMSの理解は必要ですが、それは学べます。
薬を作る側に入るより、こちらのほうが未経験からの転職ルートとしては現実的だと思っています。
会社を選ぶときに確認すること

創薬スタートアップは、合成生物学の記事に書いたのと同じ構造的なリスクを持っています。売上が立つまでが長く、資金が尽きれば止まります。
| 確認項目 | なぜ必要か |
|---|---|
| AMED認定VCから出資を受けているか | 創薬ベンチャーエコシステム強化事業の対象になれば、出資額の2倍の治験費用が付く |
| いまどのフェーズか | 非臨床、第1相、第2相。フェーズが上がるたびに必要資金が一桁変わる |
| パイプラインが何本あるか | 1本だけだと、その1本が失敗したときに会社が終わる |
| 導出の実績・交渉状況 | 製薬企業へのライセンスアウトが、現実的な出口のひとつ |
| 手元資金が何か月分あるか | ランウェイは必ず聞く。答えられない会社は危ない |
| ストックオプションの条件 | 行使条件、ベスティング、退職時の扱いを書面で |
創薬スタートアップの面接では、「ランウェイは何か月ですか」「次の資金調達の見通しは」を聞いてください。失礼な質問ではありません。真っ当な会社ほど、はっきり答えます。
採用する側へ
この分野の採用でいちばん多い失敗を書きます。
「創薬経験者」で募集してしまうことです。製薬大手が長年かけて育てた人材を、スタートアップが給与で取り合っても勝てません。
| そのまま出すと採れない | 翻訳して出すと採れる |
|---|---|
| 創薬研究経験者 | タンパク質工学、構造解析、細胞アッセイ、スクリーニング |
| バイオ医薬品製造の経験者 | 培養・精製のスケールアップ、GMP、バリデーション |
| 薬事担当 | 規制文書の作成、当局対応、品質文書の管理 |
| 創薬AIエンジニア | 機械学習、画像処理、データ基盤(医療未経験可と明記する) |
特に最後の行です。「医療未経験可」と書くかどうかで、応募数が変わります。書かないと、Web系のエンジニアは自分が対象だと思いません。
この構図は防衛テックで起きていることと同じです。業界経験者を探すのではなく、近い技術を持つ人を外から連れてきて、業界知識は入ってから付ける。
よくある質問
Q1. 製薬の経験がないと入れませんか
職種によります。薬事、CMC、臨床開発は経験者が強い一方、AI・データ、医療機器・デバイス、コーポレートは他業界からの転職が実際にあります。
Q2. 博士号は必要ですか
研究職と一部の臨床開発では有利ですが、薬事、CMC、事業開発、経営、データ基盤では必須ではありません。
Q3. 年収は上がりますか
一概に言えません。大手製薬からスタートアップに移ると、現金報酬が下がることもあります。一方で薬事とCMCは希少性が高く、提示が上がるケースを見ています。固定と変動の内訳を必ず確認してください。
Q4. 創薬スタートアップは危なくないですか
リスクはあります。だからこそ前述のランウェイとパイプラインの確認が要ります。AMED認定VCからの出資があるかどうかは、ひとつの判断材料になります。
Q5. ドラッグ・ロスは解消しますか
私には判断できません。ただ国は「2026年度までに開発に着手する」という成果目標を置いています。期限が近いぶん、関連する業務の採用は直近で動きやすいと思います。
Q6. 合成生物学・バイオとの違いは何ですか
国の分類では別分野ですが、「バイオ医薬品・再生医療等製品等」の20.8兆円は両分野に計上されています。技術としては地続きで、人材も行き来します。詳しくは合成生物学・バイオの記事をご覧ください。
Q7. 医療機器のほうが入りやすいですか
未経験からという意味では、そう思います。「革新的デバイス(AI、ロボティクス等)を活用した先端医療」に11.6兆円が置かれていて、求められる技術は機械学習・画像処理・精密機器です。薬機法やQMSは入ってから学べます。
まとめ|受け皿は先にできて、人が追いついていない
3点に絞ります。
1つめ。創薬・先端医療の官民投資想定は64.1兆円で17分野中2位。うち11.6兆円は「革新的デバイスを活用した先端医療」で、ここは医薬品の経験がなくても入れます。
2つめ。国が足りないと名指ししたのは、創薬の研究者ではありません。薬事人材、橋渡し人材、アクセラレーター人材、バイオ製造人材。研究と事業・規制・製造のあいだを埋める人です。
3つめ。バイオ製造人材研修の累積受講者は6年で303名、次の5年の目標が750名。その一方でデュアルユース製造拠点を0から16に増やそうとしています。人の希少性が、数字で見えています。
キープレイヤーズでは、21年にわたりベンチャー・スタートアップの転職支援と採用支援を行ってきました。創薬スタートアップのCEO・CFO候補、薬事、CMCのご相談は特に多い領域です。採用にお困りの企業の方も、お気軽にお問い合わせください。
戦略17分野の全体像はこちら、関連分野は合成生物学・バイオ、マテリアル、量子にまとめています。
すぐに動かない方には、オンラインサロンもご用意しています。
出典
- 内閣府「戦略17分野の『主要な製品・技術等』における官民投資額」第8回経済財政諮問会議・第5回日本成長戦略会議 合同会議 資料1(2026年6月24日)— 5技術の投資額
- 内閣官房健康・医療戦略室「『創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議』中間とりまとめを踏まえた政策目標と工程表」令和6年7月 — 足りない人材の記述、KPI(バイオ製造人材研修の累積受講者数303名→750名、治験業務の年間研修プログラム修了証発行者数932人→1,100人、デュアルユース設備を有する拠点0→16拠点)、成果目標(2026年度までに開発に着手)
- 内閣府「創薬力の向上に向けた政府の取組」資料1(2025年6月26日)— 構想会議の概要、創薬エコシステムサミット(2024年7月30日)での総理挨拶、支援策の全体像
- 医薬産業政策研究所「ポジションペーパー ドラッグ・ラグ/ロスの実態把握と要因分析」2024年5月24日版 — 2020年末時点の国内未承認薬176品目(国内開発中81品目、開発情報がない品目95品目)、2023年3月末時点のドラッグ・ロス品目の内訳
- AMED「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」— 基金総額3,500億円(10年間)、認定VCの出資額の2倍相当の治験費用を支援
※投資額は現時点での想定規模であり、確定した予算ではありません。KPIや目標は資料の記載時点のものです。職種や人材需要に関する記述は、私がご相談を受けてきた経験にもとづく見方です。

