競業避止義務は転職でどこまで有効?【2026年最新】判断される6要素・主要裁判例・誓約書にサインを求められたときの対応をヘッドハンター歴25年の高野秀敏が解説

執筆者:高野秀敏
株式会社キープレイヤーズ/代表取締役
東北大→インテリジェンス出身、キープレイヤーズ代表。東北大学特任教授(客員)、12,000人以上のキャリア面談、4,000人以上の経営者と採用相談にのる。80社以上の投資、9社上場経験あり、2社役員で上場、クラウドワークス、メドレー。178社上場支援実績あり。顧問、アドバイザー、社外役員30社以上、キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数100回以上。「ベンチャーの作法」ダイヤモンド社5万部を超えるベストセラー

こんにちは、キープレイヤーズ代表の高野秀敏です。リクルートを経て2005年に独立し、約25年にわたってベンチャー・スタートアップの転職支援と幹部サーチを行ってきました。数百件の役員・幹部クラスの移籍に関わるなかで、内定後に必ずと言っていいほど出てくる論点があります。「競業避止義務があるので、この転職はできないかもしれません」という相談です。

結論から言います。退職後の競業避止義務は、誓約書にサインしていても無条件に有効になるわけではありません。裁判所は職業選択の自由(憲法22条1項)を重く見ており、範囲が広すぎる条項や、代償措置のない条項は無効と判断された例が多数あります。一方で、「競業避止義務は無効になりやすいから無視していい」というのも同じくらい危険です。実務で人生を狂わせるのは、競業避止条項そのものより、営業秘密の持ち出しと、退職金の不支給と、前職との感情的なこじれだからです。

この記事では、①在職中と退職後で義務の性質がまったく違うこと/②有効性を分ける6つの判断要素/③主要な裁判例4件/④無効になりやすい条項の見分け方10項目/⑤誓約書にサインを求められたときの6ステップ/⑥署名を拒否できるのか/⑦転職先に伝えるべきか/⑧やってはいけない5つの失敗パターン/⑨職種・立場別の注意度/⑩FAQ 10問——を、実務の目線で整理します。

はじめにお断り
この記事は、私が幹部転職の現場で見てきた実務と、公開されている裁判例・行政資料をもとに整理した一般的な解説です。個別の誓約書が有効かどうかは、条項の書き方と本人の職務内容によって結論が変わります。実際に問題が起きそうな場面では、必ず弁護士にご相談ください。私はヘッドハンターであって、法律家ではありません。
この記事でわかること

  • 在職中/退職後、従業員/取締役で義務の根拠がまったく違うこと
  • 退職後は「合意がなければ原則として義務を負わない」という大原則
  • 裁判所が有効性を判断する6要素(最重要は代償措置)
  • 主要裁判例4件から読み取れる有効・無効の分かれ目
  • 無効になりやすい条項の見分け方10項目
  • 誓約書にサインを求められたときの対応6ステップ
  • 署名を拒否できるのか、拒否したらどうなるのか
  • 競業避止より実は怖い3つのリスク
  • 職種・立場別の注意度と、やってはいけない5つの失敗
  • FAQ 10問(在職中の面接・引き抜き・副業・退職金など)
目次

今回のキャリア相談

相談者:高野さん、同業のスタートアップから声をかけていただき、内定が出ました。ところが入社時の誓約書を見返したら「退職後3年間、同業他社への就職を禁止する」と書いてありました。しかも退職金も特別な手当もありません。この転職は諦めるしかないのでしょうか。

高野の回答:まず落ち着いてください。「3年」「同業他社すべて」「代償措置なし」——この3点が揃っている条項は、裁判になれば無効と判断される可能性が相応にあるタイプです。近年の裁判例では2年でも否定的に見られるものがあり、3年で全面禁止・無償というのは、裁判所が最も嫌う形です。

ただし、私が本当にお伝えしたいのはその先です。ほとんどのケースで、この話は裁判まで行きません。実際に起きるのは「前職の役員に呼び出されて激怒される」「退職金を減額される」「業界内で悪い噂を流される」といった、法的には争えるが精神的にきつい事態です。だから重要なのは「勝てるか」ではなく「揉めずに移れるか」。以下、その順番で説明します。

まず整理:4つのケースで根拠がまったく違う

「競業避止義務」という同じ言葉が、立場と時期によって全然違う意味で使われています。ここを混同したまま悩んでいる方が非常に多い。

立場・時期 義務の根拠 合意がなくても義務を負うか 実務上の強さ
従業員・在職中 労働契約に付随する誠実義務 負う 強い。在職中の競合活動は懲戒事由になりうる
従業員・退職後 就業規則または誓約書などの合意のみ 負わない 合意があっても内容次第で無効
取締役・在任中 会社法356条1項1号・365条1項(承認が必要) 負う(法定) 最も強い。承認なき競業取引は責任問題に直結
取締役・退任後 会社法上の義務はなし。特約があればそれのみ 負わない 特約の内容次第。従業員より広く認められる傾向

この表の要点は2つです。①在職中は合意がなくても義務がある。②退職・退任後は合意がなければ原則として義務はない。

退職後については、雇用契約が終了している以上、どの職業を選ぶかは本人の自由が原則です(憲法22条1項)。だからこそ企業は、わざわざ誓約書を取ろうとするわけです。逆に言えば、誓約書も就業規則の規定も存在しないなら、退職後の競業避止義務は基本的に発生しません。まずは自分が何にサインしたのかを確認するところから始めてください。

なお、取締役として就任する場合は、在任中の義務が法定である点に加えて、責任のとり方も従業員とは別物になります。就任前に押さえるべき点はベンチャー取締役のリスク、執行役員との違いは執行役員への転職完全ガイドにまとめています。

有効性を分ける6つの判断要素

退職後の競業避止条項が有効かどうかは、裁判例上、次の6つを総合して判断されています。経済産業省が公表している資料でも、同趣旨の判断枠組みが整理されています。

要素 有効に傾く 無効に傾く 重み
① 守るべき企業の利益 具体的な技術情報・顧客情報など、保護に値する秘密が実在する 「ノウハウ流出が心配」という抽象的な理由だけ 大(前提条件)
② 労働者の地位・職務 役員・部門長・研究開発の中枢など、秘密に接する立場 一般社員・新入社員まで一律に課している
③ 制限の期間 1年以内は肯定的に見られやすい 近年は2年でも否定的に見る裁判例あり。3年以上は厳しい
④ 地域的範囲 実際に事業を行う地域に限定されている 地域無限定(事業実態と無関係に全国・全世界)
⑤ 制限の対象範囲 担当していた顧客・特定の競合数社に限定 「同業他社すべて」「一切の競業」など包括的
⑥ 代償措置 機密保持手当・特別退職金・在職中の高い処遇など 何の見返りもない 最大
実務で見るべきはまず⑥の代償措置
6要素のうち、裁判所が最も重く見る傾向にあるのが代償措置の有無です。「退職後の職業選択を制限しておいて、その対価を一切払っていない」条項は、それだけで有効性が大きく揺らぎます。手元の誓約書を見て、競業避止に対応する手当・加算退職金・在職中の特別処遇が何も設定されていないなら、その条項は見た目ほど強くありません。

主要裁判例から読み取れる分かれ目

事件 結論 決め手になった事情
フォセコ・ジャパン・リミテッド事件
(奈良地判 昭45.10.23)
有効 制限が2年と比較的短く、在職中に機密保持手当を支払っていた(=代償措置があった)
東京リーガルマインド事件
(東京地決 平7.10.16)
認められず 代償措置がなく、禁止の内容・程度が必要最小限を超えていた。就業規則への一方的な追加という経緯も問題視された
アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件 制限的 退社2年以内の競合他社移籍で退職金を全額不支給とする扱いが、職業選択の自由を不当に侵害すると判断された
保険営業をめぐる事案(福岡高裁) 一部無効 担当顧客に限らず「顧客すべて」への営業を禁じる範囲設定が公序良俗に反するとされた

並べてみると、分かれ目がはっきりします。有効になったのは「短い期間+代償措置あり」、無効・制限されたのは「代償措置なし」または「範囲が広すぎる」ケースです。裁判所は競業避止条項そのものを否定しているのではなく、対価も限定もないまま人の職業選択を縛ることを否定していると読むのが正確です。

無効になりやすい条項の見分け方10項目

手元の誓約書・就業規則を見ながらチェックしてください。該当が多いほど、その条項は法的に弱いと考えられます(あくまで目安であり、最終判断は個別の事情によります)。

  1. 競業避止の対価としての手当・加算退職金が一切ない
  2. 制限期間が2年を超えている(3年・5年・無期限)
  3. 「同業他社」「競合するすべての企業」など対象が包括的
  4. 地域の限定がまったくない(会社が事業展開していない地域も含む)
  5. 入社時の書類一式に紛れており、個別の説明を受けていない
  6. 職位・職務に関係なく全社員一律に課されている
  7. 自分が営業秘密に接する立場になかった
  8. 禁止対象が「就職」だけでなく副業・顧問・株式保有まで及ぶ
  9. 違約金の額が年収に対して不相応に高額
  10. 在職中の処遇が同業他社と比べて特に高くもなかった

逆に、①がしっかりあり(毎月の機密保持手当や退職時の上乗せ)、期間1年以内、対象が担当顧客や特定の競合数社に限定されている——という条項なら、有効と判断される可能性は十分にあります。この場合は正面から向き合うべきで、「どうせ無効だろう」と高をくくるのは危険です。

競業避止義務より、実は怖い3つのリスク

ここが本題です。私が現場で見てきた限り、転職者が実際にダメージを受けるのは競業避止条項そのものではありません。次の3つです。

リスク1:営業秘密の持ち出し(これは競業避止と無関係に違法になりうる)

いちばん危険なのがこれです。競業避止条項が無効であっても、営業秘密を持ち出す行為は不正競争防止法上の問題になります。顧客リスト、価格表、設計データ、未公開の事業計画——これらをUSBやクラウド、個人アドレスへの転送で持ち出す。悪意がなくても「引き継ぎ資料のつもりで」やってしまう方がいます。

これは、あなたを守ってくれる論点が何もありません。転職時に持ち出していいのは、あなたの頭の中にある経験と、一般的なスキルだけです。ファイルは1つも持ち出さない。これを徹底してください。私は幹部の方に必ずこの話をします。

リスク2:退職金の減額・不支給

「競業した場合は退職金を支給しない」という規定は、実際に運用されることがあります。全額不支給が争われた裁判例では制限的に解されていますが、争うには時間もお金もかかります。退職金がまとまった額になる方は、転職を決める前に金額を確認し、必要なら入社時期や条件交渉に織り込んでください。退職の進め方はベンチャー転職の退職交渉完全ガイドに実務手順をまとめています。

リスク3:業界内での評判と、感情的なこじれ

約25年この仕事をしていて、いちばん多く見てきたのがこれです。法的には何の問題もない転職なのに、辞め方が悪かったせいで、業界内に悪い話が残る。特にベンチャー・スタートアップの業界は狭く、経営者同士が繋がっています。5年後、転職先の資金調達や事業提携の場面で前職の経営者と再会する——これは珍しいことではありません。

だから私は、条項の有効性を議論する前に必ず「どう辞めるか」を先に設計します。法的に勝てることと、キャリアが順調に進むことは、別問題です。ここを混同しないでください。

誓約書にサインを求められたときの6ステップ

ステップ1:その場でサインしない

退職手続きの流れで、書類の束の中に誓約書が入っていることがあります。「持ち帰って確認します」で構いません。その場で押印を求められても、応じる法的義務はありません。

ステップ2:入社時の書類を先に確認する

そもそも入社時に何にサインしたのかを確認します。入社時の誓約書・就業規則に競業避止の規定がないなら、退職時に新たにサインしなければ、退職後の義務は原則として発生しません。就業規則は労働者に開示されるべきものなので、閲覧を求めて構いません。

ステップ3:6要素に当てはめて読む

期間・地域・対象範囲・代償措置・自分の職務内容。この5点をメモしてください。「読んだが、内容を説明できない」状態でサインするのが最悪です。

ステップ4:範囲の限定を交渉する

意外に知られていませんが、誓約書の文言は交渉できます。「同業他社すべて」を「在籍中に担当した顧客への直接営業」に限定してもらう、期間を3年から1年に縮める、といった修正に応じる会社は現実にあります。会社側も、無効になる条項を持っていても意味がないことは分かっているからです。

ステップ5:どうしても不安なら弁護士に相談する

年収が高い方、退職金が大きい方、役員だった方は、1時間の法律相談を受ける価値が十分にあります。費用は数万円、失敗したときの損失は数百万円です。労働問題を扱う弁護士なら、条項を見た瞬間に強弱の判断がつきます。

ステップ6:転職先にも事前に共有する

後述しますが、隠すのがいちばん危険です。内定承諾の前に共有してください。判断の順序は内定辞退・内定承諾完全ガイドも参考になります。

署名は拒否できるのか

できます。退職するために誓約書へ署名押印しなければならない、という法的な義務はありません。取締役の辞任・退任についても同様で、誓約書の提出が退任の要件になるわけではありません。

ただし、実務上は次の点を織り込んでください。

  • 会社との関係は悪化しやすい——拒否は権利ですが、円満退職からは遠ざかります
  • 退職金の支給手続きで揉める可能性がある——規程上の支給要件を確認しておく
  • 在職中の義務は消えない——署名を拒否しても、在職中の競業や営業秘密の扱いは別問題です

私がおすすめしているのは、全面拒否ではなく「範囲を限定したうえで署名する」という着地です。会社の顔も立ち、こちらの選択肢も守られる。実際、この形で合意できたケースを何度も見てきました。「サインするか、しないか」の二択で考えないことです。

転職先に伝えるべきか

事前に伝えるメリット 隠した場合に起こること
入社時期・担当領域の調整で回避できることが多い 入社後に前職から連絡が来て、転職先が事態を後から知る
転職先の顧問弁護士に見てもらえる場合がある 「聞いていない」という信頼の毀損が最初に起きる
争いになったときに会社が守ってくれる可能性が上がる 担当替え・条件見直しなど、実害のある対応を取られうる
誠実さがそのまま評価される 幹部採用では致命傷になりうる

結論は明快です。必ず、内定承諾の前に伝えてください。約25年見てきて、伝えて破談になったケースより、隠していて後から発覚して信頼を失ったケースのほうが圧倒的に多い。特にCxO・幹部での採用は、リファレンスチェックで前職に確認が入ることも珍しくありません。隠し通せる前提で動かないほうがいいです。幹部ポジションでの動き方はCXO転職ガイドにまとめています。

やってはいけない5つの失敗パターン

失敗1:ファイルを持ち出す

繰り返しますが、これが最悪です。顧客リスト、見積テンプレート、設計データ、営業資料。「自分が作ったものだから」は通用しません。業務として作成したものは会社に帰属するのが原則で、持ち出せば不正競争防止法や就業規則違反の問題になります。競業避止条項の有効性以前の話です。退職前に個人アドレスへ送ったメールは、後から必ず調べられます。

失敗2:在職中に転職先の仕事を始める

「入社前に少しだけ手伝う」。これは非常に危険です。在職中の競業避止義務は、合意がなくても発生します。懲戒解雇の理由になりうるうえ、退職金の不支給や損害賠償の根拠にもなります。手伝いたい気持ちは分かりますが、退職日を待ってください。

失敗3:前職のメンバーを一緒に連れて行く

これも頻発します。単に「同じ会社に転職した」だけなら問題になりにくいのですが、組織的・計画的に引き抜いたと評価されると、損害賠償請求の対象になりえます。特に部門ごと動くようなケースは要注意。前職の中核メンバーに声をかけるのは、退職後、しかも時間を置いてからにしてください。

失敗4:「どうせ無効だから」と正面衝突する

法的な見立てとしては正しくても、その主張を退職時に相手にぶつける必要はまったくありません。相手を追い込むと、会社は面子で動きます。「争えば勝てる」ことと「争わずに済ませる」ことなら、後者のほうが圧倒的に得です。淡々と、丁寧に、静かに辞めてください。

失敗5:転職活動を現職の環境でやる

現職のPC・メールアドレス・スマホでのやりとり、社内での通話、勤務時間中の面接。これは競業避止以前に信頼の問題です。連絡は必ず個人の端末とアドレスで。スカウトへの対応も同様です。実務はヘッドハンティングの受け方で解説しています。

職種・立場別の注意度

立場・職種 注意度 争点になりやすい点 打ち手
取締役・CxO 最高 在任中は法定義務。退任後も特約が広く認められやすい 弁護士確認は必須。退任時期と競業開始時期を設計する
法人営業(特定顧客担当) 担当顧客への直接アプローチ、顧客情報の持ち出し 担当顧客に一定期間触れない設計にする
研究開発・技術中核 技術情報が営業秘密に該当しやすい 資料は一切持ち出さない。担当領域を明確に切り分ける
コンサルタント 中〜高 クライアント引き抜き、成果物の持ち出し 担当クライアントへの関与制限を明文で握る
エンジニア(一般) ソースコード・設計資料の扱い 汎用スキルと社内固有情報を意識的に区別する
バックオフィス(人事・経理) 低〜中 人事情報・未公開の財務情報 情報の持ち出しさえ避ければ問題化しにくい
一般社員・若手 一律の誓約書に署名しているだけのケースが大半 過度に恐れる必要はない。ただし持ち出しは厳禁

気にしすぎなくていい人・慎重になるべき人

気にしすぎなくていい人 慎重になるべき人
誓約書にも就業規則にも競業避止の規定がない 競業避止の対価として手当・加算退職金を受け取っていた
営業秘密に接する立場ではなかった 取締役・執行役員として経営情報に接していた
全社員一律の誓約書に署名しただけ 個別に説明を受け、限定された内容で署名した
代償措置が一切なく、期間も3年以上と過大 担当顧客への直接営業が想定される転職先
転職先が同業だが、担当領域も顧客も重ならない 前職の中核メンバーを同時期に誘っている
退職金がそもそも制度として存在しない 退職金が数百万円規模で、競業時の不支給規定がある

右側に3つ以上当てはまる方は、転職を決める前に弁護士へ相談してください。逆に左側ばかりなら、必要以上に恐れる必要はありません。「誓約書にサインしたから転職できない」と思い込んで、良い機会を見送ってしまう方が本当に多いのですが、その多くは条項の中身を読んでいません。

年代別に見た注意点

20代:ほとんどのケースで過度な心配は不要

20代で競業避止が実際に問題化するケースは稀です。全社員一律の誓約書に署名しているだけで、営業秘密の中枢にいることも少ないためです。ただし「ファイルを持ち出さない」だけは、この年代から習慣にしてください。ここで身につけた作法が、30代以降で効いてきます。

30代:担当顧客と情報の線引きを意識し始める

マネージャーや主要顧客の担当になると、条項の意味が変わってきます。この年代で意識すべきは「顧客との関係が個人に紐づいているか、会社に紐づいているか」。前者だと前職が神経を尖らせます。転職先で最初の1年は前職の担当顧客に触れない、という自主的な設計が、結果的に自分を守ります。

40代:役職と情報アクセスの範囲で難易度が上がる

部門長クラスになると、6要素のうち②(地位・職務)で「保護すべき立場」と評価されやすくなります。同時に退職金もまとまった額になります。40代以降は「争えるか」ではなく「揉めない移り方を設計できるか」が勝負。転職先の入社時期を1〜2ヶ月ずらすだけで、角が立たなくなることもあります。

50代:取締役・顧問としての関わり方に注意

50代では、常勤の転職だけでなく顧問・社外役員・業務委託といった形での関わりが増えます。誓約書の禁止対象が「就職」だけでなく「顧問就任」「株式保有」まで及んでいるケースがあるので、文言を必ず確認してください。複数社に関わる働き方は50代の転職完全ガイドで整理しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 誓約書にサインしていなければ、退職後は自由に転職できますか?

A. 就業規則にも競業避止の規定がないなら、退職後に競業避止義務を負うのは原則として例外的です。雇用契約が終了した後の職業選択は本人の自由が原則だからです。ただし、営業秘密の持ち出しは競業避止義務とは別に違法となりうる点だけは変わりません。

Q2. 「3年間・同業他社すべて禁止」は有効ですか?

A. 個別事情によりますが、期間3年・対象が包括的・代償措置なしという組み合わせは、裁判例の傾向からすると有効性が争われやすい類型です。近年は2年でも否定的に見る裁判例があります。もっとも、有効性が疑わしいことと、実際に揉めないことは別問題です。

Q3. 在職中に競合他社の面接を受けるのは違反ですか?

A. 面接を受けること自体は、通常は競業行為にはあたりません。転職活動の自由は当然に認められます。問題になるのは、在職中に実際の営業活動や事業運営に関与し始めた場合です。線引きは明確に。

Q4. 違約金が「年収の2倍」と書かれています。払う必要がありますか?

A. 違約金条項は、金額が社会通念上相当な範囲を著しく超える場合、公序良俗に反して無効とされることがあります。ただし自己判断は危険です。この文言を見つけた時点で、弁護士に相談する類型だと考えてください。

Q5. 退職金を減らされました。取り返せますか?

A. 全額不支給を制限的に解した裁判例はありますが、実際に取り戻すには交渉または訴訟が必要で、時間と費用がかかります。現実的には、辞める前に規程を確認し、減額されない辞め方を選ぶほうが得です。手順は退職交渉の完全ガイドを参照してください。

Q6. 前職から「転職先に連絡する」と言われました。どうすべきですか?

A. まず転職先に自分から先に説明してください。先に伝えているかどうかで、転職先の受け止め方はまったく違います。そのうえで、必要なら弁護士を通じて対応します。感情的なやりとりを個人で続けるのは避けてください。

Q7. 副業や業務委託でも競業避止義務は問題になりますか?

A. なります。むしろ在職中の副業は「在職中の競業」に直結するため、退職後より論点が厳しいケースがあります。競合領域での副業は、就業規則と副業規程を必ず確認してください。進め方は副業・業務委託からのスタートアップ転職ガイドにまとめています。

Q8. 取締役を辞任するのに誓約書へのサインを求められました。断れますか?

A. 断れます。誓約書の提出は退任の要件ではありません。ただし退任登記や退職慰労金の手続きで揉める可能性はあるため、範囲を限定したうえで署名する着地を探すのが現実的です。役員特有の論点はベンチャー取締役のリスクをご覧ください。

Q9. 退職代行を使う場合、競業避止の話はどうなりますか?

A. 退職代行は退職の意思表示を伝えるサービスであり、誓約書の有効性を判断してくれるわけではありません(弁護士による代行を除く)。競業避止で争点がありそうな方は、退職代行ではなく弁護士に依頼するのが筋です。違いは退職代行完全ガイドで整理しています。

Q10. 結局、いちばん大事なことは何ですか?

A. 3つだけです。①ファイルを1つも持ち出さない ②在職中に転職先の仕事を始めない ③転職先に事前に共有する。この3つを守っていれば、競業避止条項が原因で実害が出るケースはかなり限られます。逆に、この3つを破ると、条項が無効であっても揉めます。

まとめ:勝てるかではなく、揉めずに移れるかで判断する

  • 在職中は合意がなくても競業避止義務を負う。退職後は合意がなければ原則として負わない
  • 取締役の在任中は会社法上の法定義務(356条1項1号・365条1項)で、最も強い
  • 退職後の条項の有効性は6要素で判断され、最も重いのは代償措置の有無
  • 「期間3年・同業他社すべて・代償措置なし」は、有効性が争われやすい典型
  • フォセコ事件は有効、東京リーガルマインド事件は認められず。分かれ目は代償措置と範囲
  • 実害が出るのは条項そのものより、営業秘密の持ち出し・退職金・業界内の評判
  • 誓約書はその場でサインしない。範囲を限定して署名するのが現実的な着地
  • 署名拒否は可能。ただし円満退職からは遠ざかることを織り込む
  • 転職先には内定承諾前に必ず共有する。隠して発覚するのが最悪
  • 不安があるなら弁護士へ。数万円の相談料で、数百万円のリスクが見える

約25年、幹部の移籍を数百件見てきて確信していることがあります。競業避止義務でキャリアが止まった人より、辞め方を間違えて業界内の信頼を失った人のほうが、はるかに多いということです。条項の有効性を論破することにエネルギーを使うより、資料を持ち出さず、静かに引き継ぎ、丁寧に去る。それだけで、ほとんどの問題は起きません。

そして、条項を理由に転職そのものを諦めてしまう方も同じくらい多い。まずは手元の誓約書を読んでください。読んでみたら期間も範囲も限定されていた、あるいはそもそも規定がなかった——というケースが実際にたくさんあります。動くかどうかを決める前提として、自分の市場価値の測り方も併せて確認しておくと、判断がぶれません。転職全体の判断材料はベンチャー転職の失敗・後悔ガイド、動き方の全体像はベンチャー転職 完全ガイドにまとめています。

キープレイヤーズでは、ベンチャー・スタートアップのCxO・幹部ポジションを中心に転職支援を行っています。競業避止や退職交渉で判断に迷われている方のご相談も日常的にお受けしています。お気軽にご連絡ください(法律判断が必要な場面では、弁護士へのご相談をおすすめしています)。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

東北大→インテリジェンス出身、キープレイヤーズ代表。東北大学特任教授(客員)、文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。1万2000件以上のキャリア面談、4,000名以上の経営者と採用相談にのる。80社以上のエンジェル投資、投資して上場は9社。うち2社は役員として上場(クラウドワークス、メドレー)。178社以上の上場支援実績。顧問・社外役員30社以上、キャリアや起業、スタートアップ関連の講演回数300回以上。「ベンチャーの作法」(ダイヤモンド社)5万部を超えるベストセラー

目次